シリーズ・部活の現場に行ってみた!(2)名門・下北沢成徳の自由な指導 【後編】前編から読む>> 東京の下北沢成徳高校バレー部の練習風景は、他の強豪校とはだいぶ違う。小川良樹監督は練習中に直接選手に声をかけたり、ボールを出したりすることは…

シリーズ・部活の現場に行ってみた!(2)
名門・下北沢成徳の自由な指導 【後編】

前編から読む>>

 東京の下北沢成徳高校バレー部の練習風景は、他の強豪校とはだいぶ違う。小川良樹監督は練習中に直接選手に声をかけたり、ボールを出したりすることはない。現2年生エースの石川真佑(全日本男子の石川祐希の妹)らが汗を流す中でも、小川監督はコートの片隅にイスを並べ、そこに座って練習を静かに見守っている。


1年生から活躍する石川など、選手育成に定評がある下北沢成徳

 photo by Sakamoto Kiyoshi 

 学校を訪れたときに目についたのは、フィジカルトレーニングに割く時間が長いことだった。成徳のバレーは「パワーバレー」とも言われ、全日本に名を連ねた大山加奈や荒木絵里香に代表されるように、「テクニカル」よりも「パワフル」という印象が強い。小川監督は、フィジカルトレーニングを重視する理由についてこう明かした。

「理にかなった動きをするには、高い技術を身につけなくてはいけない。それに対して体の強さがあれば、細かい動きはさておき、自分の体を思い通りコントロールすることができる。それなら、先に体を強くするほうが、選手は力を発揮しやすいのではないかと思っています」

 いかに理想的なフォームがあっても、入学当初から選手全員にそれをたたき込むのには違和感があるという。「それもひとつの方法なのかな」と思う一方で、「骨格や筋力のつき方、動かし方に個人差があるのに、フォームは全員同じ」であることは受け入れられなかった。完全に間違った動きでなければ、選手によってフォームが違っても問題ないというのが、小川監督の考えだ。



トレーニング中も、あまり口を出さずに選手を見守る小川監督(右)

 選手が「体をこう動かしたい」というイメージ通りに動けないのは、体の使い方が下手なケースと、体の機能をうまく活かせないケースがある。体の使い方についてはフォームを修正することで対応できるが、体の機能をうまく活かせないのは、稼働しなければならない筋肉がうまく動かない状態にあるためで、「それを改善するにはフィジカルトレーニングが必要」だと小川監督は話す。しかしそれが、選手のスカウトに影響することもあるそうだ。

「中学生の選手をスカウトする時に嫌がられることはけっこうありますよ。メディアの取材などで、ウチの練習内容はバレてますから、『私、フィジカルトレーニングは嫌いなので』『走り込みは苦手』といった理由で断られたことが何度もあります。今は、それなら仕方ないなと思えるようになりましたけどね」

 このフィジカルトレーニング不足は、日本バレー界全体の問題でもある。全日本の試合でも、日本の選手が海外選手にパワー負けする場面をよく目にするが、小川監督からすれば、それは当然だという。

「日本の選手が他の国よりも体を鍛えてないからです。『国内で通用すればいいじゃないか』と言われてしまえばそれまでですが、諸外国のユースやジュニア選手と比べると、トレーニング不足が目立ちます。それは、『とにかく技術を』という日本の練習スタイルに起因するのかなと。特に10代後半は、体の成長に合わせたトレーニングが必要で、その意識づけをすることも大切だと思っています。

 バレーがちょっとくらい下手でも、体力負けしないことが選手の将来にとっては大事。そうしておけば、選手たちの技術が伸びた時に優位に戦えます。高校を卒業してからも世界を相手に活躍してほしいと願っているので、今の指導スタイルに落ち着きました」

 この考え方は、ボールを使った練習や戦術面にも貫かれている。成徳バレーは、高くてゆっくりとしたオープントスを主体としたバレーをする。低く速いトスに見慣れていると、そのトスは噴水のように見えるが、実は、高くて遅いボールのほうが決めるのは難しい。速いトスばかり打っているとそれにしか対応できなくなるのに対し、オープントスをしっかり決める技術が身についていれば、後からいくらでも応用が利くという。

 以前、男子バレーのエースとして北京五輪に出場した、山本隆弘氏からも同様の話を聞いたことがある。

「速いトスを打つなんて簡単ですよ。早めに助走に入ってスイングを速くすればいいだけですから。それより、高くなったトスをしっかり決めることのほうが大事。今の若い選手は、速いトスばかりを打っているからか、それができていない選手が多いように感じます」

 また、小川監督は選手の経験も重視しており、ユースやジュニアなどで代表に選出された場合は、その選手を派遣することを断らないようにしている。インターハイなどの大会期間中に抜ける選手もいるが、チームの利益よりも選手の将来を見据えて送り出すのだ。

 その分、普段出られない選手にも出番が回り、「選手層も厚くなると考えるようにしています」と言うが、分かっていてもなかなかできることではない。そんな監督の信念が、全日本の選手を次々と輩出する土壌となり、「スーパー女子高生」サオリンの誕生につながった。

 大山や木村沙織たちは卒業後も、何かにつまずいたり、大きな決断を迫られたりするたびに小川監督のもとを訪れた。彼女たちの心の故郷・下北沢成徳。日本の高校バレー界の中では少し異色な、選手の自主性と将来性を重んじる方針で、これからも結果を出し続けてほしい。