星野仙一監督が就任した1987年、移動中に漫画を読むのが禁止になった 1987年シーズンから中日監督にOBの星野仙一氏が…

星野仙一監督が就任した1987年、移動中に漫画を読むのが禁止になった

 1987年シーズンから中日監督にOBの星野仙一氏が就任した。ナインへの「覚悟しとけ!」のメッセージで始まった星野体制は、元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)にも思い出深い。いろんな出来事があった。移動中の漫画問題、1度だけ怒られたミーティング、赤っ恥のセンターゴロ事件、トレードに出されかけたこともあったという。

 鈴木氏にとって星野監督は中日入団当初から世話になった兄貴分的な存在だ。純粋に、助けになりたいと張り切った。それはグラウンド内だけではない。星野監督は新幹線など移動中に選手が漫画を読むのを禁止にした。鈴木氏はそれを選手に伝えるように命じられた。「ひとりでも読んでいたら、お前罰金だからなって言われた」という。

 鈴木氏は「俺は漫画を読まない方だったけど、一番の憩いの時間だし、それくらい、いいのにと思った」と困惑しながらも「ちゃんと、みんなに注意しましたよ。『監督命令だ』ってね」。そんな中、気になったのは主砲の落合博満内野手のこと。「落合さんは漫画好きだからね。だいたい読んでいるのは漫画だった。注意しに行ったら聞かれましたよ。『誰に言われたんだ』ってね。その後、どうしたかは知らない」。ちなみに、この件で鈴木氏は罰金を取られていないそうだ。

 星野監督にミーティングで怒られたこともあった。「俺にはあまり言わなかったけど、負けた時に1回だけある。『孝政! お前、今日、何考えて投げたんだ!』って。『5回までは絶対に行こうと思いました。ゲームを作ろうと思いました』と答えたら、ガーッて机を蹴っ飛ばしてから『1回、1回じゃないのか! 1人、1人じゃないのか!』って。みんなシーンとなっちゃった。監督はそれ言って帰っちゃったけどね」。

 まさかのセンターゴロは1987年6月16日の阪神戦(ナゴヤ球場)。「やらかしたよね。はっきり覚えているよ。会心の当たりだもん。セカンドの頭の上を越えていった。(阪神のセンター)北村(照文外野手)がどこを守っていたのかはわかっていなかった。一塁に向かってとぼとぼ走っていたら、一塁コーチャーの正岡(真二)さんが『来たぞ!』って叫んだのはわかったけど、意味が分からなかった。そしたらピューって。(阪神一塁手のランディ・)バースがボールを捕った」。

まさかのセンターゴロで罰金10万円「何を言われても仕方ない」

 後に鈴木氏は北村氏に聞いたという。「バッターがピッチャーの時にいつかやってやろうって思っていたんだって。右中間をちょっと詰めて、そしたら、理想的な打球が飛んできたんだって。俺がなめていたから、ああなった。赤っ恥だった。ホント恥ずかしかった」。その試合、先発した鈴木氏は6回3失点で勝利投手になった。試合後のミーティングはセンターゴロの件について何も触れずに終了。星野監督が監督室に向かおうとしたタイミングで、コーチの1人が「今日の孝政のセンターゴロはどうしますか」と聞いたという。

「問題外じゃあ!」。闘将は一声、そう吠えて去って行ったそうだ。「そりゃあ問題外だもん。何を言われてもしかたがない。罰金10万円。勝利投手の賞金は7万円だった」。そんな星野監督について鈴木氏は「闘将のイメージを消したくないし、作らなければいけなかっただろうしね」と話す。

 昔を知るからこそ、そう思えるのだろう。そして、星野監督の現役時代を知る選手とは「やりにくかったんじゃないかな」とも言う。平野謙氏(中日→西武)、中尾孝義氏(中日→巨人)、大島康徳氏(中日→日本ハム)ら「何人もトレードでいなくなったでしょ。俺も出されそうになったみたい。仙さんに直接言われた。“お前はそんなに大事なヤツか”って。球団に駄目って言われたみたい。そんなこともありました」と明かした。

 星野監督のトレードは「選手を生かすトレード」として知られ、実際、平野氏も中尾氏も大島氏も新天地で大活躍したが、鈴木氏にもその可能性があったということだろうか。もしかしたら紙一重だったのかもしれない。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)