近年、スポーツ心理学の世界では、自分を厳しく律してコントロールする、いわゆる「自制心」よりも、「感情」にフォーカスしたメンタルコントロールが注目されています。多くの感情の中でも特に「感謝の気持ち」には、意外にもスポーツに打ち込むアスリート…

 近年、スポーツ心理学の世界では、自分を厳しく律してコントロールする、いわゆる「自制心」よりも、「感情」にフォーカスしたメンタルコントロールが注目されています。多くの感情の中でも特に「感謝の気持ち」には、意外にもスポーツに打ち込むアスリートにとって多くのメリットがあることが報告されています。「感謝の気持ち」と「スポーツのパフォーマンス」。関係性があまりなさそうに思える2つの物事ですが、どのように機能するのでしょうか。今回のコラムではこれらの関係性を海外論文をもとに紹介していきます。

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私たちを司る「感情」の力

スポーツに打ち込むアスリートにとって、「コツコツと努力を積み重ねる姿勢」や「誘惑に負けずやり遂げる力」など、自分のメンタルをコントロールする自制心は非常に重要です。自制心が高い人ほど成功に近づくという事実は明らかでしょう。しかし、自制心というのは、脳の疲労が蓄積する夜などには弱体化してしまうのが欠点です。

「夜にSNSを見続けて夜更かししてしまった」「やらなくてはならないタスクがあるが、夜はやる気が出なく先延ばししてしまった」など、皆さんも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。人間が誘惑に抗える確率は50%とも言われているくらい、脳のリソースを使用する自制心は持続可能性が低いです。

そこで、近年のスポーツ心理学では自制心に頼るのではなく、自らの感情を使い、メンタルコントロールやスポーツパフォーマンスを高めていくアプローチが積極的に取られています。特にその感情の1つが「感謝」の気持ちです。

「感謝」の感情とスポーツパフォーマンス

感謝の気持ちとアスリートの関係性を調査したアメリカ・マサチューセッツ大学からの研究では興味深い関連性が示されています。

アメリカで 51 人の大学生アスリートを対象にして、自分が感謝している物事のリストを作成し、それぞれの項目になぜ感謝しているのかを考え、その回答をチームメイトと共有するという簡単なタスクを定期的に行いました。

実験前と後の1か月間での追跡調査が実施され、感情面でどのような変化が起きたのかを調査したところ、チームメイトや身近な人への感謝の感情が増加したのみではなく、スポーツへの満足度、社会的支援の認識(他人から支えられている感覚のことでストレスを軽減する力がある)なども時間の経過とともに大幅に改善されることが示されています。

「感謝の気持ち」がポジティブを高める

他にもこの論文中では、感謝の感情が私たちに与えてくれるポジティブな感情の側面についても報告されています。

参加者の大学生を3つのグループに分け、過去1週間に起きた5つ出来事を記録してもらいましたが、書き記す内容をそれぞれ分けます。

感謝の感情が湧いた出来事を書き留めたグループ
日記のよう通常の出来事を書き留めたグループ
ストレスがかかった出来事を書き留めたグループ

その結果、1の感謝を記録したグループは、他グループと比較して、はるかに楽観的であり、生活全般での気分の上昇も報告されています。 さらに、感謝を記したグループは、他よりも身体的不満が少なく、運動により多くの時間を費やし、目標に向かってより多くの進歩を遂げたと報告しました。

感謝の気持ちを記録するという簡単なルーティンが、ポジティブな影響を私たちに与えてくれるようです。

他にも感謝の感情を利用した研究プログラムでは、ストレスや自尊心、心配性の影響との関係を改善することが報告されていたり、主観的な幸福度の向上、うつ病の軽減、対人関係の改善など感謝の気持ちはストレスの緩衝材として機能する可能性があるようです。

この結果から分かることは、感謝の気持ちを自ら育むことによって、冒頭で説明したアスリートに重要な自制心の弱点を補い、性格因子のひとつである「誠実性」がより高まることによって誘惑に抗う事が可能になり得ます。さらには、前述した総合的なメンタル面の改善によってスポーツのパフォーマンスに良い影響が及ぶと言えるでしょう。

さらに、脳科学的な観点から感謝の気持ちを感じている時の私たちの脳をみると、社会的な感情を司っている前頭前野などの脳の一部が活性化します。人類は古来から、他人との助け合いによって生き延びてきた社会的な生き物であることから、道徳的認知や社会的な感情が高まるとポジティブな感情が活性化されます。この「感謝の気持ち」を育む行いをチーム全体として行った場合、チームの士気が高まることにも期待できそうです。

このような理由から、過去に当サイトコラムで紹介したACT等のメンタルトレーニングでも感謝の感情を育むことは積極的に取り入れられています。

感謝日記を書く

より実践的にアスリートの皆さんが日常から手軽に取り入れるワークとしては、研究中でも紹介した感謝ノートの記録が良いでしょう。

特に社会的な感情を意識した、他人との関わりについての感謝を綴るとより効果的と言えそうです。「日頃からどのような指導者やチームメイトに支えられているか。」「家族との?がりがあって今の自分があるのではないか。」など、5~10個ほどを定期的にノートに書き記すことによってスポーツのパフォーマンスにも良い影響を与えられそうです。

団体競技の場合はチーム全体で感謝を共有するのも良いでしょう。是非試してみてはいかがでしょうか。

参考文献:
https://www.researchgate.net/publication/333710843_Gratitude_in_Sport_Positive_Psychology_for_Athletes_and_Implications_for_Mental_Health_Well-Being_and_Performance

[文:スポーツメンタルコーチ鈴木颯人のメンタルコラム]

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

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一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

1983年、イギリス生まれの東京育ち。7歳から野球を始め、高校は強豪校にスポーツ推薦で入学するも、結果を出せず挫折。大学卒業後の社会人生活では、多忙から心と体のバランスを崩し、休職を経験。
こうした生い立ちをもとに、脳と心の仕組みを学び、勝負所で力を発揮させるメソッド、スポーツメンタルコーチングを提唱。
プロアマ・有名無名を問わず、多くの競技のスポーツ選手のパフォーマンスを劇的にアップさせている。世界チャンピオン9名、全日本チャンピオン13名、ドラフト指名4名など実績多数。
アスリート以外にも、スポーツをがんばる子どもを持つ親御さんや指導者、先生を対象にした『1人で頑張る方を支えるオンラインコミュニティ・Space』を主催、運営。
『弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉』『モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術』など著書8冊累計10万部。