日本陸上選手権最終日の男子200m。ここでも強さを発揮したのは、前日100mでも話題をかっさらった、サニブラウン・ハキーム(東京陸協)だった。日本選手権で100m、200mの2冠を、末續慎吾以来14年ぶりに達成したサニブラウン・ハキー…

 日本陸上選手権最終日の男子200m。ここでも強さを発揮したのは、前日100mでも話題をかっさらった、サニブラウン・ハキーム(東京陸協)だった。


日本選手権で100m、200mの2冠を、末續慎吾以来14年ぶりに達成したサニブラウン・ハキーム

「正直、もういっぱいいっぱいでした。100mを3本あのスピードで走って、200mも1本走ると脚に疲労が溜まっているし、ラストは足が回らないと思っていたので最初からガツンと行こうと。それでも持って150mだと思っていたので、あとはしっかり足を回して我慢勝負になるかなというレースプランでした」

 ライバルは、昨年この大会を20秒11で制し、連覇を狙う飯塚翔太(ミズノ)。前日の予選で20秒40と、世界選手権参加標準記録の20秒44を突破していた飯塚は、決勝では前半の走りを意識をしていた。

 だが、その前半の争いでリードしたのはサニブラウンだった。

「最初の一歩目から、しっかり地面を捉えて押していくというのができれば……」と話していた飯塚だが、スタートが若干鈍くなり、ひとつ外のレーンを走るサニブラウンに先行されてしまう。

 スタート直後から前を追いかけるために力を使ってしまった飯塚は、最後で失速して、追い上げてきた藤光謙司(ゼンリン)にも抜かれて3位に落ちてしまった。一方、サニブラウンは20秒32で逃げ切って優勝。100mと合わせて2冠を達成した。

「200mも以前は、なかなかスピードに乗れず100mのカーブを出てから上げていく形が多かったんですが、今年に入ってからは最初の部分がよくなることで前半からスピードを上げられるようになった。そこが200mで成長したところだと思う」

 こう話すサニブラウンは今大会、初日から爆発していた。100m予選では今年4月に出していた自己記録を一気に0秒12更新する10秒06を出して周囲を驚かせ、さらに準決勝でも10秒06のタイム。

 そして2日目には200mの予選を後半を流して20秒61で走ったあと、100mでは多田修平(関西学院大)やケンブリッジ飛鳥(ナイキ)、桐生祥秀(東洋大)を抑えて10秒05の自己新をマーク。10秒0台3連発で優勝と100mでもその能力の高さを見せ、ダブルの世界選手権代表を決めた。

 サニブラウンの成長の要因は、海外に拠点を置き、プロのコーチの指導で向上したスタートからの3歩のさばきにある。

「以前から海外の選手の動きを見て、どうやったらああいうスタートができるのか、すごく興味があったんですが、やってみると全然できなくて。やっぱりあのスタートをするのはすごく難しいんだなと思っていました。

 でも日本のトップがやっているテクニックと、世界のトップ選手を教えているコーチの教えるテクニックはやっぱり違うと思うので。そこで学んだことがすごく大きいかなと思います。最初の3歩を足が流れないようにして、速く動かすというのが、少しずつ成果となって表れている。僕の場合は元々後半のストライドが長いので、それより伸ばす必要はない。スタートでしっかりリズムが刻めれば、そのリズムで、どんどんスピードに乗る。スタートでいいペースが出てくれば、後半のレースの作り方もけっこう簡単になってくる。そのへんが重要かなと思っています」

 さらに6月11日にヨーロッパで走ったレースが、21秒10という結果だったからこそ、今回があったともいえる。

「あれは2カ月ぶりの200mだったし、100mのレースが多くて200mのための練習をあまりやっていなかったのが大きく出たレース感じですね。200mを長い間走らないと走る感覚が失われてしまう。そういう面では200mの感覚を取り戻すための、いいレースだったと思います」

 200mへの手応えに加え、最初の100m予選が10秒06という好成績。そこでサニブラウンは完全に勢いに乗った。

「100mで優勝したし、疲れもあったから200mは3番以内に入ればいいかなという考えもあったけど、それはちょっと違うなというのも自分の中にあって……。そこはしっかり勝ちにこだわろうかなと思いました。元々200mが好きだし、自分が200mでどういう走りをできるかもわかっているので。今回は、自分の体と相談して、どういうレースができるかを考えて勝つことができたので、いい収穫だった。その点では、本当に自分の体を見て最善の選択ができたのかなと思います」

 自分の体を冷静に見られるようになったのは、昨年の故障から得た教訓である。

 本人にとって予想以上の結果だった。100mでは9秒台も見えてきたが、今は「このスピードで200mが走れたらいいタイムが期待できる。今できる100mの前半の走りと、いつも通りの200mの後半を合わせたら、いい形の200mが走れるのではないか」という。

「100mで、できている最初の3歩の速いさばきをカーブからスタートする200mでやるのは、まだまだ難しい部分はあるし、決勝ではスタートからの3~4歩をしっかり押せていなくて、スピードに乗りにくかった部分もあった。そのへんが、もっとうまくできるようになれば、19秒台も見えてくるかなという感じですね」

 サニブラウンは、過去の大会からも多くを学んでいる。

「15年の世界選手権で200mを2本走って一番わかったのは、前半から行かないで差をつけられると負けるということ。今回の100mの走りを200mに取り込めるようにして、前半で置いていかれなければ、後半もしっかり食らいつけるのかなと思います」

「100mを10秒0台で3本走ったダメージがある中での20秒32は、まずまずの結果」というサニブラウン。

 一方で、「200mも前半だけの勝負という走りしかできなかったのは、練習不足が出たレースだった」とも振り返る。

 8月のロンドン世界選手権に向けては、「あわよくば2種目で決勝進出」という目標が明確になった。「レースで緊張するというのは仕方ないし、勝ちにこだわるのも大事だといえば大事だけど、一番大切なのはレースを楽しむという気持ちを忘れてはいけないということ。その根本を忘れなければ、そこまで緊張もしないかなと思います」と言うように、シニアに上がったばかりで、世界のトップ選手に挑戦するという楽しみを持つ立場であるからこそ、どんな結果を生み出すかわからない。

 今回、不本意なレースで敗れた飯塚は、サニブラウンの勝利がうれしいことだと笑顔でこう話す。

「去年僕らが頑張ってリオデジャネイロ五輪で結果を出したことで、彼も刺激を受けて頑張ってきていると思う。でも今回は僕らが彼から刺激をもらったので、それをプラスに変えて頑張るということの繰り返しだと思います。日本の男子の短距離は今、本当にそういう状況だと思うので、まだまだ強くなると思う」

 昨年のリオデジャネイロ五輪4×100mリレーの銀メダル獲得は選手たちに「もっと進化できる」という自信を植えつけたが、多少の満足感も与えていたのかもしれない。そんな中に割り込んできたサニブラウンの、2003年、末續慎吾以来となる短距離2冠獲得は大きな衝撃だった。すでに熾烈な戦いが始まっている男子短距離の戦いの火をますます燃え上がらせる、貴重な燃料になるだろう。