森保一監督の第2期の初陣となるウルグアイ戦に先発して89分間出場し、1-1の試合の攻撃のアクセントとなっていた三笘薫。…

 森保一監督の第2期の初陣となるウルグアイ戦に先発して89分間出場し、1-1の試合の攻撃のアクセントとなっていた三笘薫。背番号9は、「チャレンジしているところなので、全然いいかなと思います」と振り返った。

 試合全体の感想については、「強度は低い試合でしたけど」と、ワールドカップを経験した選手としての率直な気持ちを述べつつも、一方で「相手の球際だったり、うまさは感じました」とウルグアイ代表の印象を口にした。

「後半少しいい形で押し込めたシーンはありました」と語るが、「シュートを僕自身打ててないですし、そこまでチームとして運ぶやり方というか、それは徐々に形を作っていけばいいかなと思います」と課題も口にした。

 この試合は左右のサイドバックがビルドアップに加わっており、リスク管理のためボランチが前に出ていく機会は多くはなかった。そのため、三笘が生きた場面の多くは単独での突破にとどまっており、「後ろからビルドアップして僕のところについてからの連携とか、その関係性を、(堂安)律のところもそうですけど、前半やっぱり難しいところがあって。クオリティのところによりますけど、周りに人がいない時もありました」と課題を口にした。

■「いろんな形を試しながら」

 また、周囲に味方選手がいる状態もあったが、「そこでワンタッチ、ツータッチでできれば良かったですけど、なかなかピッチも難しくて。そういうところで課題は出たかなと思います」と話し、さらに、「シンプルなミスで終わらせてしまった時もあった。そこは、個人的なとこですし改善はできます」と重ねて反省した。

 組織と個人の両方での課題を提起したものの、「いろんな形を試しながらやれれば、どんどんチームとして積み上げにはなるかなと思います」と前を向く。新戦力を招集した第2次森保ジャパンが始動したばかりであることを、理解しているからだ。
 負けなかったという試合結果とともに、まずは前向きな内容だったようだ。

【江藤高志】
えとう・たかし/大分県中津市出身。IT系出版社で雑誌や書籍などを編集していた1999年に、パラグアイで行われたコパ・アメリカを観戦。これを機にサッカーライターに転身した。当初は故郷のJ2クラブ、大分トリニータを取材。石崎信弘監督との縁もあり、2001年途中から川崎フロンターレの取材を開始した。15年から『川崎フットボールアディクト』を創刊し、編集長として運営。今に至る。

いま一番読まれている記事を読む