●世界選手権は「100楽しむ」 3月20日、さいたまスーパーアリーナ。フィギュアスケートの世界選手権、開幕を前々日に控えた公式練習だった。 リンクでは女子選手たちが胸を躍らせるように闊達(かったつ)に滑り、その舞台に立つ誇らしさも感じさせ、…

●世界選手権は「100楽しむ」

 3月20日、さいたまスーパーアリーナ。フィギュアスケートの世界選手権、開幕を前々日に控えた公式練習だった。

 リンクでは女子選手たちが胸を躍らせるように闊達(かったつ)に滑り、その舞台に立つ誇らしさも感じさせ、一方でくるべき大舞台の緊張感もほのかに漂っていた。



世界選手権の公式練習で調整する三原舞依

「一瞬一瞬を楽しんで滑りたいです。今シーズン、一緒に滑ってきたプログラムたちの集大成になるので」

 練習後のミックスゾーン、三原舞依はそう言って決意を込めた。

 声音は可憐で、柔らかい。言葉の端々にも、彼女らしい愛らしさがあった。

 たとえば、プログラムを「プログラムたち」と表現する様子は、自分の分身を語るようでも、同志を語るようでもあって、慈愛に満ちた性格と言えるだろう。

 一方、彼女は内奥に一本気な強さを感じさせる。自分だけの律動がある。

「集中力の鬼」

 そう言われるのも、真実の姿だ。

 6年ぶりの世界選手権となる三原は、「指先まで心を込めた」至高の演技を目指す。

 この日、メインリンクでの公式練習で、三原はショートプログラム(SP)の『戦場のメリークリスマス』を滑っている。

 曲かけ練習では、3本ともジャンプは回避した。会場のサイズ感、氷の状態、コースを確かめることに重きを置いたようだった

ーー楽しむと緊張の割合は?

 記者からそう訊ねられた三原は、毅然として答えている。

「100(%)楽しむで」

 言葉は柔和で穏やかだが、芯の強さが見える。そこに彼女の本質はあるのだろう。

「どんな状況であってもできるのが、トップアスリートで。自分の底力を、マックスの演技を見せられるように」

 それを信条にしている彼女は、天使の着ぐるみをかぶった剣豪のようである。刹那に生きると言うのか。

 いつも研鑽を積んで、自らを追い込んで力を引き出し、自身をアップデートさせてきた。

 そのおかげで、1シーズンを棒に振るような病気による困難を克服し、再び高く舞い上がることができたのだろう。

●研ぎ澄ませてきた"プログラムたち"

 今シーズンはグランプリ(GP)シリーズで連勝し、GPファイナルでも初優勝を遂げた。2022年末の全日本選手権ではキャリアハイとなる2位になった。

「6年前(全日本選手権3位)は、あまり覚えていなくて。今回、全日本のメダルを首にかけてもらって、ずっしり重くて。"ワッ"という感じでした」

 全日本後、彼女はそう語っていたが、その場の感触だけで完結していた。彼女は「今」を全身全霊で生きているのだ。

「過去のイメージは、あまり考えていなくて。今日の氷の上に立った感覚と、自分の体の滑りと調整するもので」

 2017年に出場した世界選手権との比較を問われた三原は、率直にそう答えていた。両手で持ったマイクを胸元で支えながら、こう続けている。

「正直、17歳で初めて(世界選手権に)出た時のことはあまり覚えなくて。あの時は、それなりに楽しかったはずなんですが......。

 17歳の時より、今はいろいろ経験もしてきているので、その経験をプログラムに込めながら表現したいです。自分の人生を表しているので、それを出しきることができるように」

 一瞬を大事にしているからこそ、その積み重ねである経験に生かされている。

 今シーズン、三原は『戦場のメリークリスマス』で10試合以上を戦い、ジャンプ、スピン、ステップ、コレオとあらゆる角度から演技を研ぎ澄ませてきた。

 試合ごとに課題を見つけ、それを順次クリア。連戦を戦うことで、プログラムの精度を上げてきた。

 振付師のデヴィッド・ウィルソンと切磋琢磨してきた成果だろう。

 愛おしくなるような優しさや希望だけでない。慟哭(どうこく)するような切なさや激しさも身につけた。つなぎで空間を表現できるように工夫。表情を細かく整理した。

 また、フリースケーティングの『恋は魔術師』も自分のものにしつつある。

「力強いところは力強く、優しいところは優しく。コントラストをつけながら滑りたいです」

 プログラムの完璧性を高めるため、黒髪にも赤色を入れた。衣装も赤で、スペイン・アンダルシアの激情を表すためだという。

「(来季のプログラムは)変えると思います」

 三原は言ったが、だからこそ、すべてをかけるつもりだ。

「試合の日は、もっと緊張するかもしれません。でも、自分らしく最初から最後まで集中して滑りたいです。世界選手権という舞台を楽しんで、笑顔で終えられるように。1秒1秒、全力で」

 氷の上に立った三原は、瞬間にすべてを捧げる。

 3月22日、女子シングルSP。同じ演技は二度とない。三原は6年ぶりに世界選手権の舞台に立つーー。