奥野一成のマネー&スポーツ講座(23)~社長は労働者 集英高校の野球部顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資につ…

奥野一成のマネー&スポーツ講座(23)~社長は労働者
集英高校の野球部顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、経済に関するさまざまな話を聞いてきた3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。前回は、最近はドラマのテーマにまでなっている「スタートアップ」について、さまざまな角度から話を聞いた。なかでも、京都大学アメリカンフットボール部を日本一の座に導いた水野彌一元監督の「まず飛び込んでみろ」の教えに、深くうなずくふたりだった。
とはいえ、夢はすぐに現実に引き戻される。野球部の練習前のひととき、部室で鈴木が由紀にぐちるのだった。
鈴木「両親に『起業しようと思うんだけど......』と言ったら、『宿題終わったのか』だって。父さんはずっとひとつの会社に勤めているサラリーマンだから、イメージが湧かないのかもしれないな」
由紀「うちのパパも一緒よ。サラリーマンでも、たとえば国際経験が必要なことはわかっているから、海外留学とかは反対しないの。でも『会社を作る』なんて言ったら、倒れちゃうかも。私たちにしたって、何となくいい成績をとって、なるべくいい大学に行って、有名な企業とかに入れたらいいなという考え方から、脱却できているとは言えないでしょう」
鈴木「ですよね」
由紀「『猛烈に働くサラリーマン』はさすがに古いと思うけど、そもそも、いい会社に入って努力して社長を目指すって、そんなにダメな生き方なのかしら?」
「ダメだとは言ってないよ」と言いながら、奥野先生が部室に入ってきた。
「ただ、ちょっと比較をしてみようよ。右手がいい会社に入って社長になった人。左手が起業した人だとしようか。右手の人は、大会社で大成功を収めても、日本では収入として10億円をもらえる人はまれでしょう。でも、左手の人はうまくいけば桁が違う収入を得られるよ」
鈴木「それって、うまくいけば、じゃないですか?」
【年収10億円の社長はごくわずか】
奥野「起業して経営を軌道に乗せることができれば、オーナー経営者としてケタ違いの収入が得られるのだけど、確かに鈴木君が言うように、それは『うまくいけば』の話であるのも事実なんだ。
でも、『うまくいかないかもしれない』という理由で、起業することを諦めるのは、今の時代ではあまりにももったいない。それは、前回もちょっと話したんだけど、起業して失敗した時のコストが、圧倒的に下がっているからなんだ。
昔の日本は重厚長大産業が中心だったから、大規模な工場を必要としたけれども、今は工場なんか持たなくても、アイデアひとつで世界と勝負できる。オフィスだって、シェアオフィスの時代だから、かなり家賃を抑えることができる。もし思惑が外れて撤退することになっても、大やけどをせずに済むのが今の時代なんだ。だから、どんどん起業したほうがいい。
多くの人が、企業に就職すると、一兵卒のヒラ社員から係長、課長、部長というようにステップアップしていく。大卒で順当に昇進できた人でも、おそらくここまでだろうね。部長の上である役員になれるのは、ほんのひと握りなんだ。ラッキーなことに役員まで行けたとしても、そこから社長になるには、さらに厳しい生存競争を生き残らなければならない。ちなみに大企業で社長になれる確率は、0.1%程度などとも言われているよ。
で、これだけ激烈な出世競争を勝ち抜いた結果、社長としてどの程度の収入が得られるのかというと、これは会社によってだいぶ差があるんだけど、有名な大企業で2億円から10億円。それも、10億円の年収をもらっている社長は本当にごくわずかで、多くは2億円前後かな。
でも、自分でビジネスを編み出して起業し、オーナー経営者としてビジネスに打ち込むと、とんでもない収入が得られる。経営者としての収入は、ひょっとしたら他の社長とそんなに大きく変わらないかもしれないけど、会社の株式を持っていた場合、その価値がとんでもないことになる。
ちなみにユニクロブランドを持つファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんが持っている資産の総額は、236億ドルと言われているから、これを1ドル=135円で円換算すると、3兆1860億円になる」
鈴木「......一生かけても絶対に使いきれない......」
由紀「そこ? でも、確かに起業してうまくいくと、とんでもないことになりそうですね」
【「労働者+資本家」という生き方】
奥野「資本主義への参加の仕方には3つあるんだ。労働者として参加する。資本家として参加する。『労働者+資本家』になる。この3つなんだけど、労働者から叩き上げて社長になったとしても、年収は2億円。かつ、そうなれる確率はめちゃくちゃ低い、ということなんだ。
では、資本家になれるかと言ったら、もともとそういう家柄のお金持ちならともかく、普通は資本家になれるほどお金を持っているわけではないよね。
そこで3つ目の選択肢である『労働者+資本家』ということになるんだけど、これが起業家なんだ。自分が企業オーナーであるのと同時に、自分の時間と才能のすべてを、自分の事業に注ぎ込んでビジネスを大きくする。それによって得られるアップサイドは、ファーストリテイリングの柳井さんではないけれども、非常に大きなものになる可能性があるんだ。
なぜそうなれるのか。それはもちろん経営者としての視点、能力がすばらしいということもあるのかもしれないけど、世の中にはもっと優れた経営者だっているはずで、それにも関わらずウン兆円規模の資産を築けた最大の理由は、やっぱり株式を持っているからなんだよ。
逆に、会社の株式をほぼ持たない『雇われ経営者』のままだと、どれだけ本人が優秀な経営者であったとしても、これだけの資産を築くことはできないだろうね」
由紀「株式を持つって大事なことなんですね」
鈴木「どれだけ優秀な社長でも、ただの雇われになるというのはちょっと驚き」
奥野「よく『プロ経営者』といって、会社の経営を立て直したり、成長させたりする目的で、外部から招聘される経営の専門家がいる。彼らは確かに優秀な経営者なんだけど、株を持っていなければ労働者と変わらないんだ。『労働者のなかでも経営能力に秀でた労働者』ってところかな。
実は、これをよくわかっていない人が結構いるんだ。
子供の頃、『大人になったら何になりたい?』と聞かれたことがあると思うんだけど、昔から男の子だったらスポーツ選手か社長と答えるケースが多かった。たぶん、子供の目からは、社長って何かトップに立っている偉い人ってイメージがあるんだろうね。
でも、結局のところ社長というのは、『社長』としての職能を持っているだけの労働者にすぎない。その現実が、子供にはわからない。まあ、そこまでわかっている子供っていうのも、あまり可愛くないかもしれないけどね。
ただし、一流企業に入ってその会社の社長を目指すのではなく、働きながら見聞や人脈を広げて、どこかで起業するという方法もある。
たとえば『モノタロウ』という会社を立ち上げた瀬戸欣哉さんは、元住友商事の鉄鋼部門で働いていたし、医療従事者向けSNSの『エムスリー』を立ち上げた谷村格さんは、コンサルタント会社のマッキンゼー出身者。あと、『楽天』創業者の三木谷浩史さんは日本興業銀行で働いていたんだ。
残念ながら一流企業に入った途端、起業するという野心をどこかに忘れてきてしまう人が多いのだけれども、その野心を忘れることなく、初志貫徹で起業するという目標を叶えられたら、きっと一流企業に入って昇進していく人とは、全く違う人生を歩めるかもしれないね。
そしてそこまでいかなくても、働きながら株式に投資していけば、起業家のように突き抜けるところまではいかなくても、雇われ社長に比べれば資産を増やすことができるかもしれない。いずれにしても、株式を持つことは、これからの時代を生きていくうえでは重要なことなんだよ」
【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。