独占インタビューを3回を終え、取材後記 タイムスリップしたような感覚に陥った。1994年とか、1995年とか、1996年…

独占インタビューを3回を終え、取材後記

 タイムスリップしたような感覚に陥った。1994年とか、1995年とか、1996年とかに戻ったような……。広島・松田元オーナーを取材したのは、マツダスタジアム内のオーナー室。当然、その頃にはなかった場所だ。当時の本拠地は旧広島市民球場。同じであるはずがない。それでも、その場で質問していると、松田オーナーの声を久しぶりに間近で聞いていると、不思議なものだ。自分が年をとったことさえも忘れてしまうほど、昔と同じ気分になった。

 前述の3年間、私は新聞記者時代に三村敏之監督率いるカープを担当した。最初の1994年は、6月終了時点で最下位に低迷しながら、一時は首位巨人に1.5差にまで詰め寄るなど、猛烈に巻き返して3位。1995年はドミニカアカデミー出身のロビンソン・チェコやルーキー・山内泰幸らが活躍し、チームリーダー・野村謙二郎はトリプルスリーを達成したがヤクルトに及ばず2位。1996年は首位を快走していたが、長嶋巨人に11.5差をひっくり返されるメークドラマを許し、最終的には3位に終わった。

 当時、松田オーナーはオーナー代行。私は何かがあると、必ずといっていいほど、お話を聞きにうかがった。ネタがなくて困った時も、それこそ「何かないですか」といわんばかりのレベルで、球場だけでなく、ご自宅をうかがったことさえも何度もあった。過去にどんなことを聞いたのか、正直、すべてを思い出すことは無理だ。たった3年間でも数え切れないほどの取材回数がある。全部足したら、時間はどれくらいになるのだろうか。最後に「もうええか」と言われるまで、いつも粘っていたのは間違いないが……。

 担当を離れてからは遊軍記者時代に何度か取材させていただいたが、デスク、管理職になってからは現場でお会いする機会がなくなった。今回のFull-Countでの松田オーナー取材は、私としては超久しぶりの出来事だったが、お話をうかがっているうちに、失礼ながら懐かしい気持ちが勝手に高まってしまったわけだ。あの時と似ている、あの頃と同じと……。

 松田オーナーは野球に関して語り出すと、いくつでも話題が出てくる。選手のこともよく知っておられる。ドラフト候補も新外国人候補も、すべてに目を通され、候補者の投球フォームや打撃フォームなど特徴も熟知されている。昔からそうだ。

 例えば前田健太投手(現ツインズ)はPL学園3年時に春の選抜大会に出場したが、当時、松田オーナーに「もう(ドラフト)1位は前田しかおらん。あの投げ方がいい」と言われたことを覚えている。今回の取材でも、そのことを再度、お聞きしたが「あの時、他には誰が(1位候補に)いたか」と言いながら、こちらが何人か名前を挙げるとすらすらと、それぞれの選手の印象を語られた。

変わらぬ長期展望…先につながるアクションを継続

「長期的展望」は担当記者時代にも何度も聞いたフレーズだ。先を見据えての選手育成、戦力バランスの調整、ベテランと若手の交換トレードもその策の一例といえただろう。他球団とは違うオリジナルな発想、考え方。すごいのは、そのほとんどを現実化していることだ。とりわけ、インタビューでも話していただいたが、マツダスタジアムはその象徴といっていいだろう。

 令和の今もまた「長期的展望」は変わらない。今回、取材にうかがった日、スタジアムは新たに工事を行っていた。いつの時代も、目先のことだけではない。今の子どもたちが大人になって、その子どもたちを球場に連れて行く。そして、その子どもたちがまた大人になって……。2世代、3世代、4世代、ずっと先につながることを考えてのアクションが続いているが、これは1994年の頃もおっしゃっていたことだ。

 あの頃は「カープ女子」なんて言われる時代がくるなんて想像できなかったが、私が担当記者時代の29年前から当時の松田オーナー代行は「女性ファンを大切にしなければいけない。女性ファンを増やさなければいけない」と何度も話をされていた。そして、これもまた今も変わらぬテーマのひとつで今度は「カープ女子と言われていた子たちの下の世代のことも考えなければいけない」となる。未来へ向けて、いたるところで、カープ球団はたえず動いているのだ。

 今年はうさぎ年。松田オーナーは年男だ。実は私も年男というと「お前もうさぎか、72か」と笑顔とジョークで返された。懐かしい三村カープ時代の話をすれば「1994年ってワシはいくつや。計算してみいや」。こちらが、どんなにくだらない質問をしても、答えは何らかの形で返ってくる。これも昔と同じ。当たり前だがオーナーとの年の差は変わらない。「お前、太ったな」。そう言われた時だけ、嫌でも現実に引き戻されたが……。

 昔と同じように「もうええか」で終了したインタビュー。さらなる新展開について、松田オーナーは「ワシは2月(11日)に72やぞ、もう勘弁せえや」と謙遜されたが、きっとまだまだいろんなことを考えておられるはず。厚かましいと存じておりますが、またお話をうかがいたいと思っている。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)