新垣勇人さんは2012年ドラ5で日本ハム入団、引退後は東芝でコーチ 元日本ハムの新垣勇人さんは、昨年12月からキッチンカ…

新垣勇人さんは2012年ドラ5で日本ハム入団、引退後は東芝でコーチ

 元日本ハムの新垣勇人さんは、昨年12月からキッチンカー事業を始めた。大谷翔平投手と同期の2012年ドラフト5位右腕。2018年限りで戦力外となり現役を引退すると、社会人の名門・東芝で4年間投手コーチを務めた。現役時代から一発芸でチームとファンを盛り上げていた“ムードメーカー”はなぜ、畑違いの道を選んだのだろうか。

 1月9日に千葉県鎌ケ谷市内で行われた日本ハムの新人合同自主トレ初日。球場正面広場には新垣さんのキッチンカーが出店した。「憧れがあったんですよね。人と直接会うことが好きだし、話すのも好きだし、人の笑顔を見るのが好き。ひとときの幸せを届けたいというのが、会いに行けるキッチンカーならできると思いました」。何度も買ってくれた人、「10年前にサインをもらいました」と声を掛けてくれた人……。多くの人と触れ合い「食一つで色々な感情になれるんだなと感じることができて、うれしかったです」と喜びを噛みしめた。

“遅咲き”のプロ入りだった。横浜商科大から東芝入りして実に5年、27歳にしてようやく夢を叶えた。年下の二刀流がスターダムにのし上がっていく一方で、6年間のプロ生活で1軍登板はわずか12試合、1勝。それでも強烈なキャラクターで愛された。戦力外となり12球団合同トライアウトを受けるも声は掛からず、古巣の平馬淳監督から請われて指導者の道に進んだ。

 4年間のコーチ経験は財産なだけに「平馬監督に凄く恩がある。実際に色々な事を学ばせてもらったのでこの決断に葛藤はあったし、正直めちゃくちゃ悩みました」と胸の内を明かすが、2020年7月に起業してチャリティー企画を行っていた新垣さんは、どうしても事業を広げたい気持ちが強かった。平馬監督からも「お前が考えて出した答えだったら」と温かく送り出され、話し合いの末に東芝を辞めた。

事業計画プレゼンはテレビ番組さながら「“マネーの虎”みたい」

「野球以外の世界を見てきていなかったんですけど、会社を始めてからは知らなかったことをたくさん知りました。経営者の大変さ、消費者に何を与えられるか……。大変だけど楽しい部分が多くて、その一環で子どもたちに野球道具やトンボを送ったりする中で、自分の事業が大きくなればもっとこういう活動ができるし、それで野球界に還元できると思いました。野球人口が減少しているので、子どもたちが野球に触れて、楽しいということを体験してほしい。だからビジネスの部分は切れなかったんです」

 傍から見たら“安定”を捨てての転身。当然、周囲からは「もったいない」言われることも多かったという。収入は売れ行き次第のところもあり「見込みは全く分からない。でも減りますよね。たぶん、(昨年比で)半分くらいにはなりそう」。それでも「挑戦ですね。不安はない。どうなっていくか分からないという気持ちはあるけれど、そこは自分次第。だから前向きで、楽しさというかワクワクしかないんです」と目を輝かせた。

 いざキッチンカーを始めると決まっても、課題は山積みだった。開業方法などノウハウを教えてくれるセミナーに参加。融資を受けようとするも一度はうまくいかず、書類作成のアドバイスをくれる場にも足を運んだ。挑んだ事業計画などのプレゼンテーションは「本当に“マネーの虎”みたいな。ようやく借りられて“マネー成立です”って感じでした。お金を借りるのも大変だなと分かりました」とかつて見ていたテレビ番組を引き合いに出しながら明るく振り返る。

 キッチンカーにもこだわりを散りばめた。外見は森をイメージした緑色に、所々がウッド調の仕上がりで、カスタマイズを含めて数百万円を投じてつくり上げた。「一番は味にこだわっている」と自信を見せるように、出店場所によって変わるメニューも超本気。シャウエッセンを使ったホットドックやイングリッシュマフィン、パイコロネ、パフェなどがある。

コラボ実現も!? 同僚だった斎藤佑樹さんも「今度立たせてください!」

 特にこだわったのはバナナジュースだ。シンプルながら味の違いが出やすいため、徹底的に研究。10種類近くのバナナを食べ比べ、5種類以上の牛乳を飲み比べ、さらにその候補の掛け合わせ。莫大な時間を費やし「おいしい! これだ!」という一品にたどり着いた。鎌ケ谷で実際に飲んだ先輩OBの鶴岡慎也さんも「マジでうまい」と絶賛したお墨付きの看板メニューだ。

 日本ハム時代にチームメートだった斎藤佑樹さんは「(キッチンカーを題材にした)映画を見てやってみたいって思っていたんです。今度立たせてください!」と“直訴”してきたという。「だから、いつか佑ちゃんにも立ってもらいます」と密かなプランも持つ。

「利益の目標はもちろんありますが、1年間はとにかく無我夢中にやって、そこから具体的なビジョンを立てていきたい。でもまず台数を1台増やしたいというのは考えています。将来的には、都道府県に1台ずつあったら楽しそうだなって。大変ですけどね。ファイターズファンに恩返しして、野球界に還元していきたいと思っています」

 キッチンカーは「カキランド」と名付けた。自身の愛称「カキ」と合わせた「ランド」には「その空間を楽しんでほしい」との願いが込められている。2月23、25、26日には沖縄県名護市内で行われる日本ハムの1軍キャンプで出店することも決まった。

 ファン、そして野球界への恩返しの輪は着実に広がっている。異例の挑戦も、人を楽しませることに全力を注ぐ新垣さんらしい決断。「カキランド」は全国各地に、笑顔と幸せを届けていく。(町田利衣 / Rie Machida)