アルゼンチンとフランスがすさまじい戦いを見せたカタールW杯決勝。両チームのスター、リオネル・メッシとキリアン・エムバペが…
アルゼンチンとフランスがすさまじい戦いを見せたカタールW杯決勝。両チームのスター、リオネル・メッシとキリアン・エムバペがスーパープレーを披露し、さらに試合を盛り上げた。今回、その歴史的な一戦を、サッカー解説者の名波浩氏に改めて振り返ってもらいつつ、今大会で特に目を引いた選手、チームについても話を聞いた――。

アルゼンチンを優勝に導いたリオネル・メッシ
カタールW杯の決勝は、アルゼンチンとフランスが激突。自分にとっては、1982年からW杯を見てきたなかで、間違いなく史上最高の決勝戦だった。
アルゼンチンの守備が本当によくハマっていて、あのフランスが70分くらいまでシュートを1本も打てなかった。中盤のアレクシス・マック・アリスターとロドリゴ・デ・パウルを中心に、すさまじいハードワークを披露。フランスはボールを動かしても食われそうだから、セーフティエリアにしかボールを運べなかった。
そのなかで、リオネル・メッシ、キリアン・エムバペという決めるべき両エースのゴールによって、より試合自体のテンションも上がっていった。
アルゼンチンの2点目は、メッシがこねずに起点になったのがよかった。2タッチで体とは逆側へ(ボールを)落とし、そのあともワンタッチでつないでいって、最後のアンヘル・ディ・マリアのゴールまでの道筋はアルゼンチンらしかったと思う。
そこから2点を返したフランスも信じられない。1点目のPK獲得はダイナミックな仕掛けがよかったし、2点目のエムバペのボレーは、勝っていれば2002年のUEFAチャンピオンズリーグ決勝でジネディーヌ・ジダンが決めたボレーシュートのように、永遠に語り継がれるゴールになったと思う。
あれをダイレクトで打つというのは日本人にはできない。誰しも前へコントロールする選択肢しか出てこないような距離で、エムバペにはシュートの選択肢しかなかった。改めて"化け物"だったと思う。
アルゼンチンは3バックと4バックを使い分けたり、ダブルボランチから1アンカーに変えたり、いろんなことをやりながら勝ち上がってきて、一方のフランスはレギュラーをほぼ固定せざるを得ない状況だった。
しかしながら、フランスは前半終了間際に2人の選手を代えた。あの決断はすごかった。ディディエ・デシャン以外にできる監督がいるのかなと思う。自分には、それまでに4点とっているストライカー(オリビエ・ジルー)をあのタイミングで代える勇気はない。
その交代でフランスはエムバペをトップに置いて、両サイドに走力と突破力のあるマルクス・テュラムとランダル・コロ・ムアニを投入し、カウンターにシフトしてきた。試合の展開やアルゼンチンとのかみ合わせを考えれば、個人的にも、時間をかけずに攻撃を完結させる、あの形のほうがいいと思った。
今大会は守備時に5バックに可変して、相手にスペースを与えない形をとるチームが多かった。それは2002年以降のデータで、今大会のシュート数が過去最少(1458本)という数字にも表れていて、シュートのエリアに入ることがどんどん難しくなってきている。
その一方で、ゴール数は過去最多(172点)だったというのは、それだけ少ないチャンスをモノにできる決定力の高いストライカーが多かったのだろう。あるいは、決定的なチャンスを作る精度が上がっている、ということかもしれない。
そんな今大会の特徴を言えば、ひとつのことをやりきるような国が減って、クラブレベルでやっている試合のなかでのシステムの可変を、代表でもやる時代になってきたことが見てとれた大会だったと思う。
大会MVPがメッシというのは当然だろう。以前、ジョゼップ・グアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)がメッシのよさをこう表現していた。「結局、キーとなるパスが多いのがメッシなんだ」と。
「ドリブルで何人も抜いて、シュートもバンバン決める。それも、メッシが持つ世界トップの能力だと思う。ただ、それ以上にアタッキングサードに入ってからの決定的なパスの精度、数が何よりすごいんだ」と。
自分も、ペップと同じ考えで、今大会のメッシもまさに"キーパス"によって決定的なシーンを幾度も演出していた。
それに対して、(今大会で出番が少なかった)ラウタロ・マルティネスやパウロ・ディバラは(メッシの)近くに寄ってしまうから合わないけど、フリアン・アルバレスは一気に抜け出すように走るからメッシと合ったのだと思う。
フランスのアントワーヌ・グリーズマンが今大会で改めて評価されたのも、キーパスが出せたから。メッシやグリーズマンが、相手にとって一番危険なエリアでボールを受けて、決定的なパスを出す。彼らのような選手を自由に晒していたら露骨にやられる、というのが証明された大会でもあったと思う。
最後にポジション別のベストプレーヤーを挙げるとGKはモロッコのヤシン・ブヌ。モロッコは準々決勝まで失点数が1点と、とにかく守備が固くて、その中心を担っていたのがブヌ。セービングの能力はもちろん、相手との駆け引きも抜群だったし、PK戦も際立っていた。
DFはクロアチアのヨシュコ・グヴァルディオル。体も強いし、読みも速いし、足元も下手じゃない。近い将来、世界最高峰のDFになってくる逸材だと思う。元イタリア代表のアレッサンドロ・ネスタを彷彿とさせるものがあった。
MFは守備的なところで、モロッコのソフィアン・アムラバト。スプリント能力と前に運ぶ推進力、守備強度の高さは抜群。間違いなくモロッコ躍進の立役者だったし、今大会最大のサプライズだった。
攻撃的なところは、グリーズマン。先ほども言ったようにキーパスが非常に多いし、ボールを持った時にミスが少ない。周りを生かすためのタメを作れるし、自分がおとりにもなれるし、シャドーとしての役割に長けている。守備でのカバーもサボらず、献身性は見事だった。
FWは言うまでもなく、メッシとエムバペ。エムバペはW杯歴代最多得点記録(ドイツのミロスラフ・クローゼの16点)まであと4点。年齢的に少なくともあと2大会は出るだろうから、更新するのは確実だろう。本当にすごいと思う。
決勝カード以外で、最も印象に残っているチームを挙げれば、モロッコ。ハキム・ツィエクとアクラフ・ハキミの右サイドと中盤のアゼディン・ウナヒは強力だったし、FWのユセフ・エン・ネシリの高さは突出していた。あの高さに相手が引っ張られることで、周りが生かされていた。
それから、アタッカー陣はパワーがあって、日本とはちょっと質の違いを感じた。アフリカ勢初のベスト4という結果は賞賛に値するし、今大会を象徴する非常に魅力的なチームだった。