慶大から勝ち点を挙げ、笑顔を見せる早大・中川卓也【写真:上野明洸】 成長を示した秋だった。早大は6日、神宮球場で行われた…

慶大から勝ち点を挙げ、笑顔を見せる早大・中川卓也【写真:上野明洸】
成長を示した秋だった。早大は6日、神宮球場で行われた東京六大学野球秋季リーグの慶大2回戦に9-6で勝利し、勝ち点を挙げた。優勝の可能性はすでに潰えていたものの、ライバル相手に2連勝し、2位でシーズンを終えた。
初回1死満塁から、印出太一捕手(2年)の左翼越え2号満塁弾で先制。投手陣は得点を奪われながらも、なんとかリードを保ち、最後は伊藤樹投手(1年)が齋藤來音外野手(3年)を見逃し三振に斬って試合を締めた。
春は3勝8敗2分に終わり、5位に沈んだ。投手陣が奮闘したものの、打線が低迷。明大から1勝、東大から2勝で勝ち点は東大から挙げただけ。選手たちも不甲斐なさを感じたシーズンだった。春の慶大戦に2連敗した後、主将の中川卓也内野手(4年)は「死のもの狂いで目の色を変えてやっていかないといけないし、やらせないといけないなと思います」と語り、小宮山悟監督も「存分に、徹底的に鍛え上げたい」と夏の猛練習を予告していた。
迎えた秋季リーグ。最初のカードとなった法大戦では、春に自信をつけた投手陣が2試合連続でゼロ封。滑り出しは良かったが、9月26日の明大2回戦では17点を奪われ大敗し、自力Vの可能性がなくなった。それでも、「ここから6連勝すれば奇跡が起きる可能性がある」と小宮山監督は選手たちに伝えた。優勝を諦めることなく、1戦1戦を戦い抜いていった。
東大、立大、慶大とのカードを終え、結果的には明大戦以降は負けることなく6連勝。2位でシーズンを終えた。小宮山監督は「いい形で終われた。1つ届きませんでしたけど、優勝と同じくらいの価値があると思っている。連勝で負けずに終えたというのは本当に誇らしい」とうなずいた。短縮シーズンもあったが、シーズン8勝は就任後最多。「個人的にもいいチームが最後出来上がったなと思っています」と語った。

大阪桐蔭高時代に続いて早大でも主将を務め、チームを引っ張った【写真:中戸川知世】
今季のチームを引っ張ったのは、主将の中川だった。大阪桐蔭高時代には根尾昂投手(中日)、藤原恭大外野手(ロッテ)、そして立大の主将・山田健太内野手ら、多くのタレントを擁して甲子園で春夏連覇。小宮山監督が就任した年に早大野球部に入部し、1年春からリーグ戦に出場した。
しかし、なかなか結果がついてこない4年間ではあった。3年春には打率.333で三塁手のベストナインにも輝いたが、今季は打率.118で規定に到達した打者では最下位。通算打率.211に終わった。中川は「自分が入学した時に思い描いていた4年間とは180度違っていたというか、まったくかけ離れたものだった」と苦悩を語る。それでもレギュラーとして使い続けたのは、唯一無二のキャプテンシーがあったからだった。
小宮山監督は「全てをそつなくこなせる選手でしたので、代えるなんて気持ちはさらさらなかった。グラウンド中ではいいにつけ悪いにつけ、彼の声は通るので、いろんなところでの的確な指示も含めて、こちらが言わんとしていることを先に感じ取って伝えるというのをしてくれていました」と語る。ベンチでも選手を鼓舞し、守備の際も下級生中心の投手陣に歩み寄って声をかけ続けた。
大学では、主将としてチームを頂点に導くことはできなかった。「結果がついてこなくて、しんどい思いも、苦しい思いもたくさんしてきた」と4年間を振り返る。今後は社会人で野球を続ける予定だ。「野球人としても人間としても、監督のもとで成長させてもらったので、その経験を生かしていきたい」と未来を見据える。目に見える数字こそ残せなかったものの、指揮官に「いいチームができた」と言わしめた。春からの躍進の裏には、間違いなく中川の存在がある。
(Full-Count 上野明洸)