名門・高松商業史上初…ドラフト1位で高校からプロに進む浅野 10月20日に行われた「プロ野球ドラフト会議 supported by リポビタンD」で、高松商(香川)の浅野翔吾外野手には、巨人と阪神という名門球団が1位入札で競合。くじ引きで勝…

名門・高松商業史上初…ドラフト1位で高校からプロに進む浅野

 10月20日に行われた「プロ野球ドラフト会議 supported by リポビタンD」で、高松商(香川)の浅野翔吾外野手には、巨人と阪神という名門球団が1位入札で競合。くじ引きで勝った巨人が交渉権を得た。ドラフト1位指名を受け、高卒でプロへ進む選手は、長い歴史を誇る同校の歴史でも初めてという快挙だ。チームメートや恩師は、野球の実力以上に誰からも愛される人間性に太鼓判を押す。

 センバツ初代王者であり、史上初の甲子園春夏連覇を達成するなど長い歴史を持つ名門の第114代主将が挑んだ「運命のドラフト会議」を、チームメートは別の教室で見守った。公言通り巨人が1位指名した瞬間には歓声が上がり、阪神が競りかけると驚きや興奮で、さらに盛り上がったそうだ。

 今夏の甲子園で、浅野と1、2番コンビを組んだ井櫻悠人外野手は「(実感は)まだ無いんですけど、行ってしまうのかって。ちょっと寂しい気持ちもあります」とポツリ。小学生の時には選抜チームで一緒で「そのときから高松では一番すごい存在だった」という。

 地元の“怪物”が高松商に進学を決めたことで「翔吾と一緒に野球をしたい気持ちがありました。一緒にやりたいと思ったのが(受験への)最後の一押しになりました」と続いた。ここまで、常に意識していた存在だったと口にする。

 強打者の浅野が敬遠四球で歩かされ、相手バッテリーが2番の井櫻との勝負に出ることもあった。「僕たちが一番、翔吾のすごさを分かっていると思うので、それは当然のこと」と割り切り、悔しさはなかったという。名残惜しさを抱きながら「みんな翔吾のことは応援しているので、(上京後も)本当に頑張ってほしいです」とエールを送る。

原監督が長嶋氏と比較され続けたように、浅野にも苦難が待つ?

 また、今夏の佐久長聖との甲子園初戦で、3ラン本塁打を放った本田倫太郎内野手は、ドラフト当日の様子を「(浅野とドラフト会議について)詳しく話すこともなく、普段通りの話をしていることの方が多かったです。浅野はいつも通りだったので、僕らもいつも通り接していました」と振り返る。さらに「バケモノです。ドラフト1位にふさわしいくらい良い選手ですし、僕らからしたら、最初からスターでした」と浅野を称賛。プロの世界でも「日本を代表するくらいの選手になってほしいです」と期待を込めた。

 記者会見場で、浅野の背後にあった「バックボード」にも多くの人の想いが込められていた。校章と野球部のマークがデザインされた布製のボードは、浅野を含む500人以上の生徒が家庭科の授業などで刺繍し、地域企業の力も借りて完成させたものだ。多くの人に愛される浅野の人間性について、長尾健司監督は「そこは心配しておりません」と言い切る。

 恩師は、浅野がプロで壁にぶち当たることも想定している。例に挙げるのは、浅野をくじで引き当てた原辰徳監督だ。1981年の入団時から「4番・三塁」の先輩にあたる長嶋茂雄・終身名誉監督と比較されながらのプロ生活を送った。長尾監督は「当然うちの浅野翔吾も、同じような苦しみに出会うだろう」と、苦難の道を予想しながらも「ぜひ原監督に一言、その経験をアドバイスいただければ、(浅野が)壁を乗り越えていくのかなと思っているので『どうぞよろしくお願いします』っていう気持ちです」と、今後の成長を信じている。

 18歳で、初めて地元を離れる。浅野は「東京ということで、少し離れて寂しいんですけど、帰って来られるときにはしっかり帰ってきて、地元の友達だったり、お世話になった方たちにあいさつとかはしっかりしたいなと思っています」。都会に染まりきることなく、郷土愛を貫く選手であってほしい。さらに世代を代表する選手として日の丸を背負い、長く活躍することを高松の皆が、楽しみにしている。(喜岡桜 / Sakura Kioka)