「昌平高校サッカー部、躍進の理由」前編、就任8年目で異例の埼玉県初制覇 第101回全国高校サッカー選手権埼玉大会が10月…
「昌平高校サッカー部、躍進の理由」前編、就任8年目で異例の埼玉県初制覇
第101回全国高校サッカー選手権埼玉大会が10月9日に開幕し、優勝候補筆頭の昌平高校は22日の3回戦から登場する。ここ10年ほどで埼玉県をリードする存在となり、全国有数の強豪に成長した進境著しいチームである。2017年に初のJリーガーが誕生すると、これまで6年続けて14人のプロ選手を輩出し、来季も2人のJリーグ入りが内定。FC東京へ加入予定のMF荒井悠汰は、JFA・Jリーグ特別指定選手として、すでに今季のルヴァンカップ予選リーグ3試合に出場した。強さと次々にニューカマーを生み出す背景を探る。(取材・文=河野 正)
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1979年創立の東和大昌平時代は、埼玉県の公式戦で地区予選敗退を繰り返し、県大会にすら進めなかった。ところが2007年に学校名を昌平に変え、青森山田中(青森)でスペイン2部レガネスのMF柴崎岳らを指導した藤島崇之監督を招いたことが、栄華到来のきっかけとなる。
柴崎の同級生だったFW日野口廉、MF簗場拓人ら3人の主力が転校してきた08年から本格的な強化に取りかかった。就任3年目の第88回全国高校選手権埼玉大会で初めてベスト16に進むと、3年続けて16強入りし頭角を現した。
マイボールを丁寧に扱い、パスを丹念につなぎながら、軽やかなドリブルで敵陣を切り裂く戦法を根気良く続けてきた。今もこの方針に変わりはなく、ボールを自在に操る高い技術と迅速で的確な判断力の養成に腐心する。
チームづくりの基盤は個の力を引き上げることだ。藤島監督は「毎年いろんな個性の選手が加入するので、それだけ多様なサッカーが可能になりますが、ベースはボールを失わないこと。ボールをしっかり握っていれば得点チャンスは増え、失点のリスクも抑えられます」と着任当初から貫いてきた自らの哲学を説明する。
就任8年目、強化に本腰を入れてわずか7年目だった2014年。2月の県新人大会を制して初タイトルを手にすると、11月の第93回高校選手権埼玉大会でも初優勝という異例の“スピード昇進”を遂げた。指揮官は「強豪がひしめく埼玉で、短期間のうちに頂点に立てたのは大きな自信になりました」と回顧する。
17年のチームは偉大だった。県新人大会を手始めに関東高校大会と全国高校総体(インターハイ)の両予選、高校選手権埼玉大会、プリンスリーグ関東につながる県S1リーグを制し、史上初の県内五冠に輝く。関東高校大会では初優勝も遂げている。
指導の大原則は「点を取ること」
これまで獲得したタイトルは20を数え、高校総体には4度出場してベスト4が3度。高校選手権にも4度出場し、第98、99回大会で8強に進んだ。プリンスリーグ関東1部では、10月8日の第15節を終えて首位に立っている。
2011年9月に完成した人工芝グラウンドは強豪のラグビー部と共有するため、工夫と細工を施した練習に終始する。猛者揃いの埼玉で一気に盟主の座に駆け上がったが、いったいどんな練習カリキュラムが組まれているのだろうか――。
「特別なメニューはありません」と藤島監督は前置きし、「一言で説明するとゴールに向かい、ゴールを奪うための練習です。大原則は点を取ること。チームの良さを発揮するにはどうすべきかを全員で判断し、戦況を正しく読み取る力と適応力を養っています。上手な選手を凄い選手に育てたいという思いも強い」と述べる。昌平の練習は、無駄なく能率的に得点する手段を身に付ける反復作業と言える。
アルビレックス新潟に今季加入した西村遥己は、同校からJリーグ入りした最初のGKだ。加藤大地GKコーチは、「ゴールを守る、西村からの配球でチャンスをつくる、チームを勝たせる、といった大枠を一緒に考えたくらいで、キーパーに特化した練習はほとんどしていません」と話す。さらに「ドリブルをはじめ、技術的な要素を細かく切り取ったトレーニングもやっていないですねえ」と指導現場の様子を明かした。
考える力と判断力を養うことがコーチ陣の共通認識だけに、その着想に“フィールド選手用”や“GK向け”といった違いはないのだろう。
監督の下、12人のコーチにトレーナー2人とプロチームも顔負けのスタッフを抱えるが、コーチによって選手に求めるものが異なり、それぞれが違った考え方で手引きする。哲学の違いからチームづくりが滞ってしまいそうな気もするが、これが型にはまらぬ柔軟な判断力とプレーを可能にしているそうだ。
福島ユナイテッドに昨季加入したMF柴圭汰は、「たくさんの指導者からいろんな見方や考え方、戦術を学んだ。多くのものを吸収して引き出しが増えたおかげで、どんな戦況になっても自分たちで考えて対応できるようになりました」と3年間のレッスンに感謝したものだ。
守備面が課題で「使い切れなかった選手もいる」
常勝チームに生まれ変わった要因の1つとして、完成度の高い組織的な守りと個々の守備意識も見逃せない。どのポジションの選手もマイボールを保持するのが上手だが、失うと同時に条件反射的に奪い返す動きに移行する。藤島監督は「能力が高かったのに、守りが課題で使い切れなかった選手もいます」と言う。
高体連所属としては、FC東京史上初の高校2年で加入が内定した荒井は、「チームを助けられる選手になることを常に考えてきました。ゴールとアシストはもちろん、守りでも貢献できるのが真の中心選手だと思っている」とし、心得の絶対条件に守備での頑張りを挙げた。
埼玉県高体連サッカー専門部には現在169校が加盟し、ひとかどのチームの合言葉は「打倒・昌平」で一致する。今や、万人が認める埼玉の第一人者となった。
「これからますます、ラヴィーダ出身の選手が昌平で活躍すると思うので、個の特長を前面に押し出したチームづくりが進みそうです」
ラヴィーダとは昌平の下部組織に当たる中学生年代の街クラブ、FC LAVIDAである。昌平のコーチでもある村松明人監督は、“兄弟チーム”の関係についてこう語り、“中高一貫指導”の成果と利点にも触れた。LAVIDAも昌平とまったく同じ軌跡を辿り、短期間のうちに国内トップ級の強豪へ成長するとともに、傑出した選手を多数輩出。そんな魅力的な人材が毎年続々と加入してくるのだから、昌平の最盛期が到来するのはこれからだろう。
後編では、6年かけて育て上げる両チームの連携にスポットを当てる。(河野 正 / Tadashi Kawano)