特徴をとらえ、ショートトップのスイングを構築 女子ゴルフの国内メジャー・日本女子オープンは、勝みなみ(明治安田生命)が大…
特徴をとらえ、ショートトップのスイングを構築
女子ゴルフの国内メジャー・日本女子オープンは、勝みなみ(明治安田生命)が大会史上3人目の連覇を達成して幕を閉じた。日本人として37年ぶりに全米女子アマチュア選手権を制した馬場咲希(代々木高2年)は、通算5オーバーの11位でローアマのタイトルを獲得した。今週はとちぎ国体に東京代表として出場し、来週は国内ツアーの富士通レディースに参戦。小4から馬場を指導してきた武尾隆央コーチは、教え子の急成長に目を細めつつも、前には出ずに「できることがあれば協力する」の姿勢を貫いている。(取材・文=THE ANSWER編集部・柳田 通斉)
武尾氏は、横浜市のJR関内駅から徒歩7分に位置するVIM GOLFSTUDIOに勤務し、初級者から上級者まで、あるゆるゴルファーをマンツーマン指導している。馬場も生徒の1人。レッスンを希望する際は予約が必要で、最近では夏の海外遠征を終えた後、全米女子アマチュア選手権優勝のトロフィーを持って姿を見せたという。
「ビックリしています。指導をしていく中で、『すごい選手にはなるだろう』とは思っていました。ただ、去年があまりうまくいかなかったので、『今年、少しは良くなるだろう』と見ていました。そして、春先から順調でしたが、まさか全米女子アマチュア選手権で勝てるまでになるとはという感じです」
武尾氏は、馬場が10歳の時から指導している。当時は東京・練馬区内のゴルフスクールに勤務。5歳からクラブを握っている馬場は、同学年の男子ジュニア選手からの紹介で武尾氏のもとを訪れた。
「わりとゴルフはできる感じでしたが、手と体がバラつくタイプで、チーピン(打ち出したボールが極端に左方向へ曲がるミス)が出るクセがありました。なので、腕、体、クラブを同調させることをポイントに指導を始めました」
練習態度は熱心。聞いたことを取り入れようとする気持ちが強く、真剣な表情でメモを取る姿が印象的だったという。そして、武尾氏は当時から馬場のことを「メンタルがプロ向きと感じていました」と明かした。
練習を苦にしないタイプ、ポジティブ思考「プロ向き」
「練習を苦にしないですし、『他の子はこんなには練習できないだろう』というぐらい、練習をしていました。そして、ノンビリしているようでポジティブ。悪いことを引きずらないんです。なので、ご両親には『ゴルファーに向いているし、プロ向きです』と伝えていました」
ただ、2年後に武尾氏がスクールを離れることになったため、馬場の指導を続けられなくなった。将来性を感じていた教え子のことを気にはなっていたが、別の場所で初心者から上級者までを指導。そんなある日、馬場の母親から「もう1度、見ていただきたい」との連絡が入ったという。中2になり、身長がさらに高くなっていた馬場と再会。まずは、アドレスで重心が高くならないように気を付けさせたという。
「背が高く、手足が長いと重心が高くなりがちなので、前傾の取り方をあらためて伝えました。体の力は、上半身より下半身の方が2、3倍強いので、その力を使わないとボールは飛びませんから」
馬場のスイングはトップが浅く、長い腕、体、クラブを同調させつつ、鋭く速い腰の回転でボールを遠くに運んでいる。
「もともと、手首の運動量が少ないタイプなので、ショートトップになっています。距離が出ないことでそれに悩み、手首と右肘を多く曲げて、トップを深く入れようとした時期もありました。しかし、本人にはショートトップのスイングがフィットしていましたし、ご家族のお話もうかがい、体を作り、トレーニング的な要素を入れることで、飛距離を伸ばすようにしました。それが中3あたりです」
高校進学の前からは、宮里藍の指導もしていた鎌田貴トレーナーに師事。武尾氏が馬場に求めていた「体幹と下半身の強化」ができる環境が整い、体重も増え、今春までにドライバー平均飛距離は約270ヤードに達した。だが、武尾氏は「彼女の武器はショットの精度」と話している。
「飛距離が話題になっていますが、本当の強みはショットの精度です。ショートトップゆえにミート率は高いですし、正確性がある。もっと、パーオン率が高いことに注目してほしいです」
馬場は今季から国内ツアーに参戦。出場4試合のパーオン率を見ると、全米女子アマチュア選手権優勝後の凱旋試合で不振だった住友生命Vitalityレディス東海クラシック以外は、高い数値をマーク。難設定で多くの選手が苦しんだ日本女子オープンでは、決勝ラウンドに進出した64人中3位のパーオン率だった。
ヤマハレディース葛城58位 65.28%(全体21位)
ブリヂストンレディス21位 69.45%(全体4位)
住友生命Vitalityレディス東海クラシック予選落ち ※2日間で52.78%
日本女子オープン11位 66.67%(全体3位)
住友生命Vitalityレディス東海クラシックに出場する前、武尾氏は馬場に「アライメント(体の向き)のズレ」を指摘したという。
「左を向き過ぎていたので、それを伝えました。調子が悪くなると左からフェードを打ちたくなるタイプなのですが、その分、体の回転、捻転作業の動きが変わってくるので、腕と体の運動量が合わなくなります。そうすると、振り遅れ、フェースが寝た状態でクラブが入ってくるので、右へのミスが多くなりがちです。今後、試合前にはアライメントスティックを使った練習が必要になってくるでしょう」
コーチは他にも3人、共通の思いは「このまま順調に」
心配していた通り、住友生命Vitalityレディス東海クラシックでは「左を向くクセ」は多く出ていた。しかし、日本女子オープンでは少なくなった。側には中1から馬場を指導し、同大会でキャディーを務めた坂詰和久コーチがいた。同氏はかつて片山晋呉らのキャディーを務め、大山志保、佐伯三貴らのコーチングを担当。馬場には、スイングはそのままで効率のいい体の動かし方などを伝え、ゴルフ以外の話し相手にもなっているという。
その他、馬場は青梅GC所属で関東ゴルフ連盟ジュニア育成委員会強化部会の江原清浩参与、橋本真和パッティングコーチからも指導を受けている。コーチが2人以上いる選手は珍しいが、父・哲也さんは「あらゆる場面で、最良の相談相手がいる環境作りを心掛けています」と話している。
この状況を把握している武尾氏は、「彼女もレッスン生の1人。予約が入れば指導する」というスタンスでいる。その上で「日本女子オープンの結果は立派です。ただ、映像を見たところ、上半身と下半身のバランスが合っていないショットもありました。今度、会う時はそこをチェックできればと思います」と話した。
全米女子アマチュア選手権で快挙を達成した17歳は、重圧の中で日本女子オープンのローアマも獲得した。評価はさらに上がり、スポンサー契約、マネジメント契約のオファーも殺到しているが、フィーバー以前から馬場を指導する人々は冷静で、「このまま順調に歩んでほしい」の思いでいる。
これまでメディアに登場する機会がなかった武尾氏については、職人タイプを感じる。ただ、教え子のさらなる成長を期待し、「今の勢いがあれば、『海外で活躍する』という夢も叶えられると思います。楽しみですし、そのために協力できることがあればしていきます」とも言った。特徴を理解し、スイングを築き上げてくれた先生は、今後も馬場の“拠り所”になりそうだ。
■武尾隆央(たけお・たかひさ)
1976年1月2日、東京都生まれ。目黒高卒。中3でゴルフを始め、高校卒業後に栃木・鹿沼72CCに研修生として6年間所属。2005年にはJGTO(日本ゴルフツアー機構)ツアーカードを取得。その後、井上透氏が主宰のトゥルーゴルフアカデミーに12年間コーチとして在籍。多くの競技優勝者を輩出し、ジュニアでは、関東ジュニア、世界ジュニアなどの優勝者を育ててきた。現在はVIM GOLFSTUDIO(横浜市中区)で、初心者から上級者までパーソナルレッスンを行い、各自に合った「ワンオンリースイング」を目指し、指導している。(THE ANSWER編集部・柳田 通斉 / Michinari Yanagida)