連載「相生学院高校が挑む部活革命」第2回、Jアカデミーでも起こるマンネリ 昨年11月、発足からわずか3年で全国高校サッカ…

連載「相生学院高校が挑む部活革命」第2回、Jアカデミーでも起こるマンネリ

 昨年11月、発足からわずか3年で全国高校サッカー選手権出場にあと1勝と迫り、話題を呼んだのが兵庫県の相生学院高校サッカー部だ。淡路島を拠点に活動しており、通信制高校としての利点を活かしながら育成年代の新たな可能性を模索し続けている。そんな注目の新興チームが今、これまでのやり方を大きく変え、大人数の部員を抱えながら独自のリーグを運営し強化するという新たな挑戦に打って出た。上船利徳総監督に、「淡路プレミアリーグ」を創設した狙いについて話を聞いた。(取材・文=加部 究)

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 ユースが良いのか、それとも高体連か――。

 それはJリーグ創設以来のテーマだった。プロの時代の到来とともに、Jリーグはすべてのクラブにアカデミーの創設を義務づけた。プロへの近道として意識され、地域差はあってもJクラブには近隣で最も優れた選手たちが集まる傾向が強まった。こうして年代別日本代表の大半は、Jアカデミーの選手たちが占めるようになる。

 だが今度は一転して、大人に近づくにつれて高体連出身の選手たちが頭角を表し追い越すケースが多発。その象徴が、Jアカデミーでユース昇格を逃した中村俊輔や本田圭佑だった。

 Jクラブのトップ、ユース、さらには高体連でも監督経験を持つ吉永一明氏は、自著『異色の指導者』で、こう記している。

「少数精鋭のJアカデミーでは、3年間も同じメンバーで戦っていると、どうしてもマンネリ化してチーム内での立ち位置が定まってきてしまう。本当に全員の力が拮抗していればハイレベルな競争が可能になるが、なかなかそれは現実的ではない」

 中学・高校年代ともに、ほとんどが3年間の在籍を保証しているJアカデミーで熾烈な競争を維持するのは難しい。またJアカデミーでプレーをしてきても、プロまで到達するのは各クラブで1人出るかどうかだ。これではJアカデミーに進むメリットがないと感じる選手も目立つようになり、最近では卒業後の進路も自由に選択できる高体連へと進む選手も少なくない。逆に3ケタの部員が狭いレギュラー枠を競い合う高体連組の成長が加速するのは、必然という見方もできる。

高校年代の選手がいつ急成長するかは誰にも分からない

 実際に相生学院でも、現在1年生で中核を成す選手たちがセレクションで華々しいパフォーマンスを見せたわけではなかったという。

 上船利徳総監督が言う。

「結局どの選手がいつ伸びるかは分かりません。1度のトレーニング参加で選手のポテンシャルや実力を見極めるのは不可能なんです」

 せっかく相生学院には、可能性に満ちた多くの選手たちが挑戦してくれるようになった。だが新興チームには、すでに序列化されているリーグ戦が大きな壁になる。少数精鋭では、シーズンを通してトップチームが楽な試合をこなす責務があり、全国トップのプレミアリーグまで昇格するには多大な年月を要する。

 そこで上船総監督が考えたのが、相生学院高校サッカー部員を序列のないチームに分けて競い合う「淡路プレミアリーグ」の創設だった。

 同総監督が、日本サッカー界の実情に詳しいゲルト・エンゲルス氏(横浜フリューゲルス最後の監督)に大量の部員を迎え入れる構想を告げると、「何を言い出すんだ」とばかりに失笑されたという。

「大量の部員を抱えるからこそ、多くの素材が埋もれてしまっている」

 エンゲルス氏は、そう考えていたからだ。だが上船総監督のリーグ戦構想を聞くと、「コンセプト別のチームに分けたほうが面白い」などと前向きにアイデアを発信してきたそうだ。取り敢えず今年のリーグ戦は、出身別に「Jリーグ選抜」「関西選抜」「県外選抜」の3チームでスタートした。しかし来年からは、フォーメーションも含めて戦術的な特徴別にチームを編成する予定だ。

 これまで日本の活動では指導者が勝利至上に邁進するあまり、フィジカル面に重きを置く長時間練習に耐えられた者だけが残るケースが目立った。しかし淡路プレミアリーグなら、それぞれの選手たちが自分の個性に即したチームを選択できるので、特徴を表現できずに消えてしまうリスクを最小限に止められる。

公式戦に向けて「代表チーム」を編成する構想

 淡路島を“ミニ国家”と想定し、リーグ戦で活躍し選抜された選手たちが代表として対外の公式戦に出ていく。現段階の構想では、チームごとに監督が就き、ジェリー・ペイトン監督とゼムノビッチ・ズドラブコU-16監督は全試合を見て、相生学院代表チームを指揮していく。

「これなら誰もが活躍すればトップ(代表)チームに入れて公平性も高い。あとはどれだけ真剣勝負の空気を醸し出せるか、です」

 上船総監督は新設の淡路プレミアリーグを公式戦並みの真剣勝負の場とするために、さらに様々な工夫を凝らした。

(第3回へ続く)(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。