全日本大学駅伝関東地区予選会で好走した神奈川大のルーキー、宮本陽叶1年生宮本陽叶が勢いをつけた 6月19日に行なわれた全日本大学駅伝関東地区予選会で、並み居る強豪校を抑え、トップ通過を果たしたのは、神奈川大学だった。予選会は、1校2名ずつ、…



全日本大学駅伝関東地区予選会で好走した神奈川大のルーキー、宮本陽叶

1年生宮本陽叶が勢いをつけた

 6月19日に行なわれた全日本大学駅伝関東地区予選会で、並み居る強豪校を抑え、トップ通過を果たしたのは、神奈川大学だった。予選会は、1校2名ずつ、4組で1万mのレースを行ない、8名の合計タイムで上位7校に入れば出場権を獲得できることになっている。レース前、出場校審査の合計タイムで神奈川大は16位。予想では、トップ通過はエントリ―タイム1位の創価大、2位の東海大、4位の東洋大らの間で争われるだろうという声が多かった。だが、神奈川大はその予想を覆してトップ通過を果たし、4年ぶりの本大会出場を決めた。

 予選会は、駅伝と同じで流れが重要になる。

 1組目が好走すれば、勢いをつけて見えない襷を2組目につなぐことができる。神奈川大で、その役割を果たしたのが、有村祐亮(4年)とルーキーの宮本陽叶(みやもと・はると)だ。

 2組目に出走して5位になった島﨑昇汰(4年)は「宮本がいい走りをしてくれたので、とても力になり、勢いをつけてくれました」と語り、1組2位になった宮本の走りがその後の展開に大きな影響を与えたことを指摘した。実際、宮本らの走りが刺激となり、島崎と同じ2組の尾方馨斗(3年)は9位、3組の小林篤貴(3年)は2位、宇津野篤(3年)は5位で、6名全員が10位以内に入り、この時点でトップに立った。最終組は山﨑諒介(4年)が9位、巻田理空(3年)は24位とまずまずの走りを見せて本大会出場の椅子を勝ちとった。「ふだんの練習の達成率を見ると宮本が一番」という理由で、大後栄治監督は宮本を1組目に置いたが、その狙いがずばりとハマった。

 スタジアムを沸かせたルーキーの走りは、圧巻だった。

 宮本は、レースの3日前から腹痛になり、緊張もあって調子が悪かったというが、本番では後半になっても頭がまったくブレず、初の1万mのレースとは思えない力強い走りを見せた。

「レースは9000mまでは前の人についていってラスト2周でスプリントをかけて勝負しようと思っていました。自分はラスト400mのスプリントになると勝てないのですが、足は残っていたので自分の判断で前に出ました。監督にはふたりで14位以内に入ればいいと言われたので、(2位になり)ちょっとホッとしました」

 宮本は、初々しい笑顔を見せたが、走力の高さは、高校時代から有名だった。大型ルーキーの佐藤圭汰(駒澤大・1年)と同じ洛南高校出身で、昨年の都大路では4区区間賞を獲った。ポテンシャルの高さは、大後監督も認めるところだ。

「昨年の高校駅伝で区間賞を獲り、実績を背負ってきている力のある選手。(OBでマラソン日本記録保持者の)鈴木健吾に憧れてうちを選んでくれたと思うので、第2の鈴木健吾になってくれればと思います」

 練習ではすでにAチームに入り、先輩たちの前を走ることも多い。

 尾方は「宮本は上級生がキツそうな練習でもスイスイ走って、全学年のスピード練習をしてもトップを獲るので、本当にすごい」とその走力に舌を巻く。小林も「宮本は練習では1回も離されたことがないですね。昨年はAチームに1年生がひとりもいなかったんですが、今年は宮本を始め2、3人いるので、自分たちも頑張らないといけないと、気合が入ります」と語り、宮本を筆頭に1年生がいい刺激になっていると言う。

 宮本は今回、初の1万mで29分45秒40を出したが、「練習では30分をきれるぐらいでやってきましたが正直、思ったよりも走れました。今年中に28分台を出したいですね」と冷静に語り、本大会では「1年生ですけどレギュラーメンバーを狙えるように頑張っていきたい」と3大駅伝の出走に意欲を見せた。

 俄然、注目を集めたルーキーだが、大後監督は丁寧に育成していくという。

「まだ1年生。無理をさせたくないので、1年生のメニューでしっかりと体を作りながら26歳か27歳にマラソンでしっかり走れるようにしていきたいと思っています」

 宮本の走りから会心のレースを見せた選手たちは、レース後、トップ通過のアナウンスに弾けた笑顔を見せた。

4年生山﨑諒介の好走も

 だが、大後監督は、冷静だった。

「うちは16位(出場権審査)で力のないチームですが、よそがなかなか揃っていないなか、それなりに布陣を整えられた。それでなんとかチャンスはあるかなと思っていたのですが、トップ通過はおまけだと思います」

 大後監督が冷静なのは、各校ともにエースクラスの選手が故障などで出走していないからだ。2位の東洋大は、主将の前田義弘(4年)、佐藤真優(3年)、石田洸介(2年)らの出走がなく、東海大もエースの石原翔太郎(3年)、松崎咲人(4年)、溝口仁(3年)らの姿はなかった。主力がそろえば、戦力は相手のほうが上だという思いが大後監督にはあるのだ。

 ただ、それでもトップ通過という結果がもたらすインパクトは大きい。

 今回の予選会で、神奈川大は最終的には7人が10位以内という非常に安定した走りを見せた。他大学からすると好走したルーキーの宮本を始め、島崎、小林、宇津野らが高い次元で安定しており、さらに出走していない小林政澄(3年)、佐々木亮輔(3年)、大泉真尋(3年)らがいる。夏合宿を越えて、さらによい選手が出てくる可能性があるので、箱根駅伝の予選会に出場するチームは、相当に警戒感を強めたはずだ。

 神奈川大からすると収穫しかない。

 トップ通過や宮本の快走もそうだが、度肝を抜いたのは4組目、山﨑の走りだ。1万mの持ちタイムは32分34秒46だったが、「3組目までいい順位できていたので、プレッシャーはあったんですけど、自分もいけると強い気持ちで臨みました」と語るように、留学生が走るなか、攻めの走りで28分58秒74のタイムを出し、その組で日本人5位、全体9位という結果を残した。大後監督は「未知の能力を持っている」とレース後、笑顔で語ったが、新たに戦える選手が出てきたことは非常に大きい。

 また、今回のトップ通過は、結果が示すように神奈川大の走力そのものがレベルアップしてきたことが挙げられる。このレベルアップについて、巻田は「意識が変わったことが大きい」と言う。

「前回の箱根駅伝は、シード権まであと少し(1分14秒差)だったので、今年こそは全員でシード権を獲得しようと強い気持ちで質の高い練習ができているのが大きいと思います」

 練習メニューの質が高くなり、全体の練習もいい感じでできているとのことだが、それはどこの大学も追及しているところではある。

 神奈川大は、これまでと異なる新しい取り組みをしているのだろうか。

練習は「オーダーメニュー」

 大後監督は、こう語る。

「練習のやり方を変えて、徹底的なオーダーメニューにしました。駅伝はチームですけど、陸上は個人競技なので、一人ひとり選手のメニューを作り、スケジュールを組むようにしたんです。いわゆる全体主義から個人主義への転換です。全体の練習は個人のメニューを考えたあと、完成させていきます。今回、うちはケガ人がおらず、いい布陣で臨めたのは、このオーダーメニューへの変更が大きかったと思いますね」

 春は個人がやりたい種目に特化し、秋シーズンから駅伝にシフトする。ここ数年、各大学で定着している年間の強化スケジュールだ。そこにプラスして個人の成長度、能力に合わせてパーソナルなメニューを提供していく。監督やコーチ、マネジャーに大きな負担がかかるが、より個人にフォーカスし、個々の成長を促すにはきめ細かいオーダーメニューが不可欠で、神奈川大はそこに着手したのだ。

 この日の予選会の結果を見れば、5年前、鈴木健吾を擁して全日本の予選会をトップ通過し、本大会で優勝した時のように本番での活躍に期待が膨らむ。

 その先には箱根予選会がある。

 今回4位の東海大、5位の大東大、6位の中央学院大に加え、花田勝彦監督が就任した早稲田大、そして明治大、日体大、山梨学院大、駿河台大、立教大などが本戦への椅子を狙ってくるだろう。だが、今回のように個々と全体とでしっかりと練習を積み重ね、選手が自信を持ってレースに臨むことができれば、神奈川大は、予選会突破はもちろん、箱根駅伝でも強豪校相手に「抜群の安定感」を武器に一致団結し、おもしろいレースを見せてくれるはずだ。