顔をフードで隠して登場 5月27〜29日に開催されたアイスショー「ファンタジー・オン・アイス2022」幕張公演。コロナ禍の中止を経て3年ぶりの開催で、恒例の幕張と神戸のほか、今年は名古屋と静岡の4会場で行なわれる。 その最初となる幕張公演で…

顔をフードで隠して登場

 5月27〜29日に開催されたアイスショー「ファンタジー・オン・アイス2022」幕張公演。コロナ禍の中止を経て3年ぶりの開催で、恒例の幕張と神戸のほか、今年は名古屋と静岡の4会場で行なわれる。

 その最初となる幕張公演で、北京五輪以来で初めてリンクに登場した羽生結弦。北京五輪後は右足首の治療に専念していたこともあり、ケガから復帰した2019年と同じようにアーティストとのコラボレーション1曲のみの出演となった。今回はシンガーソングライターのスガシカオ氏との共演だった。



「ファンタジー・オン・アイス2022」に出演した羽生結弦

 演じた曲は、2006年にスガ氏が詞を提供し「KAT-TUN」のデビューシングルになった『Real Face』。それは前回、ミュージシャンのToshIとのコラボレーションで踊った、忘れてしまった自分の顔を思い出そうと苦悩する『マスカレイド』を思い出させる選曲だった。

 自分の"リアル"を手に入れようと唄う歌詞。その前奏部分を羽生は、フードを被って顔を隠して滑り出した。「羽生結弦」という自分を、「無名のただひとりの人間」として滑り出したような振り付け。顔を隠すことで、外界から見られている、羽生結弦という存在であることを一度消してしまおうという意識なのだろうか。



『Real Face』を演じる羽生

素顔を現わすとキレのいい滑り

 そして、スガ氏の生声が会場に響き渡ると、フードを払いのけて曲に合わせたキレのいい滑りを爆発させた。

 2018年平昌五輪でソチ五輪に続く連覇を果たしたことで、羽生は幼い頃から目指した目標を達成できた満足感を感じていた。それからは、新たな自分の道を模索しながら挑戦と戦いを続けてきた。その挑戦と覚悟を決めて臨んだ2022年北京五輪では、敗れはしたが自身で納得できる演技とし、長く続いた戦いにも心のなかではひと区切りをつけたはずだ。

 次はどこへ進もうかと考えているだろう今、彼は過去の自分にもひと区切りをつけてもう一度、"素のままの自分"として歩み出そうとしているのではないか。そう感じさせる振り付けだった。そして演技の途中で頭から被るコップ1杯の水も、彼にとっては"禊ぎ"のようなものとして意識しているのではないだろうか。

 2019年に『マスカレイド』を演じた時、羽生は「本当に最初から最後まで全力で演じるので、すごく疲れるしヘトヘトになります」と笑いながら話していた。それだけの思いを込め、思いの丈をすべて表現しようとしたプログラムだった。



演技途中で水を被る場面があった

 新たに挑んだ『Real Face』も、まさにそんな演技だった。フードを払って素顔に戻った羽生は、心にあるすべての思いやプライドを自分の滑りにぶつけているように感じられた。ハイドロブレーディングや『パリの散歩道』で見せたランジの変形、さらにイナバウワーと、彼の見せ場である技もすべて投入していた。

 さらにそのプログラムで跳んだ2本のジャンプも、彼自身、もっとも思い入れがあるアクセルだった。公演初日は1本目にミスをしたが、2本ともにトリプルアクセルにして挑戦していた。そして、2日目と3日目は、1本目をきれいなトリプルアクセルにし、2本目はシングルアクセルでしっかり決めるノーミスの滑りをした。

 オープニングの登場場面では軸の細いきれいな4回転トーループを決め、フィナーレのあとのジャンプ合戦では4回転トーループ+トリプルアクセルをきれいに決めるキレのよさを見せていた羽生。公演の公式パンフレットのインタビューでは、4回転アクセルへの今の思いを問われ、「まだまだ目指すべき存在です。何よりも力を注ぎきれるものです」と、挑戦継続の意欲も口にし、彼の戦いはまだ終わりではないことを示唆している。

 北京五輪後の初舞台で羽生は、次へ進もうとする彼の心の内をのぞかせてくれるような、熱い思い満杯の全身全霊の滑りを見せてくれた。