文武両道の裏側 第9回松岡泰希(東京大学野球部) 前編東京大学野球部で主将としてチームを引っ張る松岡泰希捕手 2022年…
文武両道の裏側 第9回
松岡泰希(東京大学野球部) 前編

東京大学野球部で主将としてチームを引っ張る松岡泰希捕手
2022年4月9日、季節外れの暑さのなか、東京六大学野球の春季リーグが開幕した。東京大学3塁側ベンチ前、開幕戦にのぞむ円陣の中心に背番号10が見えた。創部100余年を誇る東大野球部の主将を務める、松岡泰希捕手(教育学部4年・東京都市大学付属高)の背中だった。眼差しはサングラス越しにも鋭く、チームメイトのほうへ向けられていた。
昨年、連敗を64で止め、春季・秋季ともにひとつの勝ち星をあげた東大。連敗ストップの法政大学戦で先制のタイムリー安打を放ったのが、松岡捕手だった。
そんな東大が今年の戦いにかける思いは強い。
開幕戦の相手は、昨年の春季・秋季リーグ戦で優勝した慶応義塾大学。先攻の東大は、初戦の硬さからか守備の乱れた慶大の隙をつき、1回に2点、つづく2回にも1点を取り、中盤まで試合の主導権を握っていた。5回裏に同点に追いつかれたものの、好投していた井澤駿介投手(4年、札幌南高)が4回、バットでも魅せた。東大として2年ぶりとなるホームランをレフトスタンドに放ち、再びリードを奪ったのだ。
しかし、制球に苦しみ球数の多かった井澤は、6回裏、1人目のランナーを許したところで降板した。マウンドを引き継いだ投手陣が粘り、松岡捕手の2盗捕殺をはじめとする野手の好守もあって、試合は東大リードで7回表まで進んだ。
「おい、このまま勝っちゃったら、どうなるんだ?」。3塁側の東大応援席は、好守のたびにどよめいていた。
しかし、その裏、そこまで保ってきた好守と粘りが、まるで音を立てるかのように崩れた。スタンドが抱きはじめた不安がグラウンドに伝わったはずもなかろうが、四球と守備の乱れでランナーがたまり、ホームランで逆転された。
慶應の逆襲は長かった。が、あっけなく勝負の行方が決まってしまう一瞬の出来事でもあった。
東大は春季リーグ10試合を終えて、8敗2分。はたして、残り2試合で勝利を挙げることはできるのだろうかーー。
甲子園経験者やプロ野球からドラフトにかかる強者を擁するチームに、いかにして勝つのか。東大は今年、どのように六大学野球を戦っていくのか。文武両道のさらに先をゆく集団、東大野球部の松岡主将に聞いた。

* * *
名だたる進学校出身の野球部員たち
ーー多くのプロ野球選手を輩出している六大学野球でプレーするとなると、相応の力量がいるかと思います。しかし、東大には野球での推薦や付属校からの選手がいない。チームがどんな選手で構成されているのかがピンときません。東大野球部には、いったいどのような選手がいるのでしょうか?
松岡泰希(以下、松岡) 野球部全体では部員が120人ほどで、ひと学年に30名前後です。出身高校は、やはり東京近郊の学校が多いですが、全国各地の進学校で野球をやってきたという選手も数多くいます。
今のチームには、静岡高だったり、東筑高(福岡県)出身で甲子園の土を踏んでいるメンバーもいます。ですがやはり、いわゆる都内の進学校、開成高だったり筑波大附属高の選手が多いです。
ーー開成高や筑波大附属高出身で、六大学のレギュラーになる選手もいらっしゃるのですか?
松岡 はい。たとえば、開成高だと、野球部の練習は週1日と限られているそうで、高校時代には野球中心の生活はしていない。でも、年によっては都大会で2、3回勝っています。僕の学年には、宮﨑湧って選手がいるんですけど、彼は開成でも「1000年に一度の逸材」と言われたような選手で、もちろん今はレギュラーで活躍しています。
ーーさきほど校名の挙がっていた静岡高や東筑高で甲子園経験を積んできた選手はスタメンですか?
松岡 そうですね。やっぱりスタメンに名を連ねる選手は、それなりの場数を踏んでやってきているというか。上からの言い方になってしまいますが、みんな上手です。他の大学へ行っても、レギュラーに入ることができるんじゃないかなと思います。
基礎をつくってくれた恩師との出会い
ーー松岡選手の野球歴について教えてください。
松岡 野球を始めたのは、アニメの『メジャー』を観たのがきっかけでした。小学3年の時に、父とキャッチボールをしたのが最初です。純粋に野球って楽しいなっていうところから始まりました。主人公の茂野吾郎に憧れていたので、少年野球チームではピッチャーをやっていました。
でも、ちょっとコントロールが悪くて。外野や内野もやりつつ、6年の時に社会人野球のヤマハではキャッチャーをしていた監督の伊佐治豪文さんから、キャッチャーをやってみろといわれて。
ーー社会人野球の名門チームでプレーされていた監督の指導を受けていたんですね。捕手としての心構えなどの学びがたくさんあったのではないでしょうか? 松岡選手にとって、キャッチャーの魅力とはどんなところですか?
松岡 キャッチャーはひとりだけ、他の8人と逆の方向を向いていて、見える景色が違います。だからこそ、ゲームを俯瞰してコントロールするというか、相手の攻撃を抑えるうえで重要なポジションだと感じられて、小6の頃から面白いと思っていました。
当時は少年野球ですし、細かい配球や、どうやって抑えるかという話は、そんなにはされませんでした。監督からは、キャッチャーとしての基礎的な技術を教わりました。どういう動きをしようとか、どういうプレーができたらいいよ、みたいなことで育んでくれたと思います。今の自分の基礎にはなっていますね。

インタビューに応じる松岡主将
ーー横浜で育った松岡選手は、その後、私立の中高一貫校に進みます。授業や塾などの勉強との兼ね合いはどうでしたか?
松岡 じつは僕が入った時の東京都市大学付属は、いわゆる難関の受験校ではなかったんです。塾には在籍していたものの、野球の練習ばかりでほとんど行きませんでした。
ーー勉強そっちのけで野球ばかりですか。そこまで野球にのめり込んでいて、中高一貫の東京都市大学付属を選んだのはどうしてですか?
松岡 東京都市大学付属の中学の野球部が、ボーイズリーグに所属していたからです。ボーイズリーグは少年硬式野球のクラブチームのリーグで、軟式野球の部活よりも、なんていうんでしょう、比較的レベルの高い選手が集まっているんです。ボーイズには、そこで結果を出して野球推薦で強豪校へ行こうと思っている人がたくさんいます。そういう選手が集まるボーイズリーグで戦いたかったというのはあります。
ーーボーイズリーグでの成績はどうでしたか?
松岡 中学時代はチームがけっこう強くて、全国大会の予選の決勝まで進んだり、関東大会ではベスト8に進出しました。
「お前が東大を勝たせてみろ」
ーー松岡選手の少年時代は、野球が生活の中心にあったということですね。ではなぜ、高いレベルの野球を目指してきた松岡選手が、東大を志したのでしょうか?
松岡 大学でも野球を続けたいと考えていた時に、当時の監督に「お前、勉強頑張れば東大っていうのもありなんじゃないの」って言われたんです。「このままじゃ行けないけど、まずはちょっと頑張ってみたら」って。それで東大を目指すことにちょっと興味を持ちました。
ーーそれは何年生の頃ですか?
松岡 中学3年から高校1年に上がる頃ですね。中高一貫の学校だったので。野球中心の学校生活ではあったんですが、勉強のほうは授業をしっかりと聞いていましたし、定期テストの成績はちゃんと取っていたので、可能性を追い求めてみてはどうかという助言だったと思います。そして、「東大に行って、東大を勝たせてみろ」って言われて、「はい」と。
ーーまず野球を高いレベルで続けるのが希望としてあって、その道筋として東大が候補に挙がったと。
松岡 当時の僕の技術で、たとえば、早稲田大学で野球部に入って、すぐに試合に出られるかって言われたら......。やっぱり甲子園に出ている選手や強豪校からうまい選手がたくさん入ってくるんで、出られないとは言わないですけど、最初から自分が試合に出場できるかと言えば、そうではない。
東大だったらレギュラーを目指せるだろうし、ゆくゆくは主力として試合に出て、自分の手でチームを勝たせることができるのではないかと思ったんです。

ーー学校での成績はよかったとのことですが、監督からは当時のままでは東大には届かないとの話もありました。松岡選手は東大に現役合格していますが、高校時代、どのように勉強をしていましたか?
松岡 まずは授業をちゃんと聞くようにしてましたね。やっぱり、授業って先生が大事なことをおっしゃっていますし、それをひとつ残らず聞き漏らさないようにして、メモを取りました。
学校以外では、英語だけですが塾にも通っていました。高校の野球部の慣習というか伝統で、全員で同じ塾でした。英語だけはしっかりやろうっていう感じでしたね。勉強をしっかりやらないと補習に出なければならなくなって、野球ができなくなってしまうので(笑)。
ーー補習で野球をできなかったことは?
松岡 それはなかったですね。
持ち前の記憶力で東大受験へ挑んだ
ーー高校3年で部活を引退してからはどのような勉強を?
松岡 最後の夏の東京都予選で、3回戦で負けて部活が終わってからは、1日に10時間は勉強しようという感じでしたね。僕は覚えるのが好きなので、とにかく全部暗記というか、わからなかったら、理解するというより暗記しちゃえって感じでした。だから、社会は得意でしたね。受験では世界史と地理を選択しました。
逆に数学はもう本当にやばかったです。だから苦手な数学は理解できないのであれば、問題の解法を丸暗記して。最後までは解けないけれど、部分点を狙うぞといった感じでした。
それでも本番まで、東大模試では最初から最後までずっとE判定でした。他の大学も受けたんですが、どこも受からないまま東大受験を迎えました。
ーー模試でE判定しか出ていなかったけれど、東大に挑んだんですね。
松岡 もう本当に浪人するつもりだったので、受験本番も翌年の予行演習みたいな気持ちで受けたんですが、本番では対策がバチッとハマりました。受験に向けては、東大受験に必要な勉強しかしていなかったのが、かえってよかったのかもしれません。
ーー東大受験に特化した勉強をしていたとのことですが、どのような対策ですか?
松岡 部活を引退してから通った早稲田アカデミーでは、東大のコースに入っていましたね。東大入試は知識を聞いてくるというよりも論述問題が主なので、そのコースでは論述ばかり対策していました。
ーー塾での対策と持ち前の記憶力で、みごと赤門をくぐったわけですね。覚えるのが好きだという言葉が印象的です。覚えることは、野球や捕手としての力にもつながっているのでしょうか?
松岡 そうですね。相手バッターの苦手なところだったり、癖を覚えられると思います。特に六大学野球はリーグ戦で、初めて対戦する相手が多い高校までとは違って相手選手のことが細かくわかっています。分析した情報を覚えられるのは、野球に生きているかなと。
* * *
「上で野球を続けたい」
あくなき野球への向上心を胸に、松岡選手は覚える力も駆使して東京大学に入った。恩師に「東大を勝たせてみろ」と激励されてから3年、憧れの舞台である神宮球場でそれを実現できる機会を手にしたのだ。
(後編につづく)
写真提供/東京大学野球部
<profile>
松岡泰希 まつおか・たいき
2000年、神奈川県横浜市生まれ。小学3年の時に野球を始め、小学6年から捕手。中高一貫の東京都市大学附属を経て、東京大学文科3類に現役合格。東大野球部では、1年春に神宮デビューを果たし、今季は主将としてチームを引っ張る。2塁送球1秒85の強肩で、プロのスカウトからも注目を集めている。