SNS上でも話題になったB1最終節での三河の「他会場中継」 バスケットボールB1リーグのレギュラーシーズン最終戦となった…
SNS上でも話題になったB1最終節での三河の「他会場中継」
バスケットボールB1リーグのレギュラーシーズン最終戦となった5月8日、ウィングアリーナ刈谷で行われたシーホース三河と川崎ブレイブサンダースの第2戦が76-91でタイムアップした。両チームがお互いの健闘を称え、会場のファンへの挨拶を終えるのを見計らって、アリーナMCがアナウンスした。
「これよりアイシンスーパービジョン(センタービジョン)にて、川崎ブレイブサンダースの東地区の優勝がかかっている、千葉ジェッツ対サンロッカーズ渋谷の試合を中継でお届けします」
会場には大きなどよめきが起こった。
今季のB1の上位争いは、かつてないほどの大混戦となった。千葉と川崎の東地区優勝、そして三河、渋谷、秋田ノーザンハピネッツのワイルドカード争いはレギュラーシーズン最終節までもつれ、三河は川崎との2連戦で1つでも勝てばチャンピオンシップ(CS)出場、川崎は三河に2連勝し、千葉が渋谷に1つ以上負けたら東地区優勝という状況で対戦した。
7日の第1戦で川崎に59-85と敗れた三河は、第2戦に敗れた時点でCS進出が消滅した。千葉×渋谷の中継は、三河側からすれば一切うまみのない試みだ。それを承知の上で、川崎とそのファンのためだけに催された“粋な計らい”はSNS上でも大きく注目され、川崎ファンからは感謝の言葉が多く寄せられていた。
川崎とそのファンに「喜んでもらえることをやりたい」
三河のホームゲームの演出や進行を担当する、クラブスタッフの福澤孝さん(事業運営グループ ファンエンターテインメントチーム)によると、4日の試合が終わり、川崎の東地区優勝の可能性が高まったタイミングで、想定されるいくつかのパターンの1つとして、同時刻に始まる千葉×渋谷の中継というアイデアが組み込まれたという。
福澤さんをはじめとする三河のスタッフたちは当時、自チームが川崎に1勝以上してCSに進むと信じて疑っておらず、翻って中継を実施する可能性をあまり重く受け止めていなかった。しかし、7日の第1戦に敗れたことで状況は変わった。
「7日朝の時点では『うちの試合が先に終わって、千葉×渋谷が残り5分くらいまで進んでいたらやってもいいんじゃない?』くらいにしか考えていなかったんですが、敗れたことで『本当に5分で大丈夫か?』と考え、千葉さんと渋谷さんのゲームをそれぞれ3試合ずつ視聴して、試合時間を測ってみたんです。すると第4クォーターのオフィシャルタイム明けから試合終了までの所要時間は、平均で16分13秒。思っていた以上に長く、選手のコンディション的にも中継的にも厳しいことが判明したので、『じゃあ残り3分からどうだろう、2分だったら……』とそれぞれの時間を計算し、うちの試合が終わり、千葉×渋谷が残り1分以下だったら中継しようとなりました」(福澤さん)
繰り返すが、三河が川崎のために中継をする義理はない。なんなら「やっぱりナシで」とすることもできただろう。しかし、福澤さんをはじめとするスタッフは複数パターンの台本を作成し、すべてのパターンを想定したリハーサルを行い、試合中は控え室で千葉×渋谷の試合を追い、中継を実施した。その決め手となった思いについて、福澤さんは話す。
「もちろん、中継を見ることでつらい思いをするお客様や選手が出ることは予想しました。それでも川崎さんとそのファンに喜んでもらえることをやりたい、というのが我々の出した結論でした」
試合会場の随所で見られる三河の「おもてなし精神」
2019-20シーズンにBリーグの「ホスピタリティNo.1クラブ」を受賞した三河のホームゲームには、コアなファンはもちろんのこと、アウェーのファンや一見さんなどのライトファンに向けた“おもてなし”が、随所に盛り込まれている。
刈谷駅から車で15分というアリーナ立地を考慮し、大型観光バスを用いた無料シャトルバスを運行。入場口に設置されたデジタルサイネージで選手1人ひとりによる来場を感謝するメッセージ動画を流し、大荷物になりがちなアウェー客のためにクロークを設置し、会場が暗転して出入りができなくなる時間帯を会場入口付近に分かりやすく掲示している。
豊富な品数を揃えるアリーナグルメに向けると、チームのロゴが刻印された「シーホースドーナツ」、公式風マスコットのタツヲの形をした「タツヲ焼き」、選手たちをイメージしてブレンドされた「TOMONI BLEND」など、ここでしか出会えないオリジナルメニューが多数揃い、「対戦汁」と銘打たれたアウェーチームのご当地麺も対戦カードごとに用意される。
アウェーチームに三河出身選手や愛知県出身者がいる時は、選手入場の最後に入場するようにしてもらい、ファンとともにセレブレーション。クラブとタレント契約を結んでいるタツヲは、アウェーのマスコットとのコラボレーショングッズを「勝手に」(広報担当の山田航大さん談)販売し、アリーナではアウェーの選手に積極的にからみに行く。
おもてなしの精神がメディアにも向けられているのには驚いた。長時間床に座り腰への負担がかかるカメラマンのためにクッションを用意し、ゴールポスト真裏に設置された記者席には、場所の悪さを補う意図でモニター(中継映像がリアルタイムで視聴できる)とゴール下の様子を映し出す大きなビジョンが用意されている。メディア控え室にはおみやげとして、タツヲが取り上げられた愛知のご当地ネタ漫画が置かれていたが、該当ページをめくってみたらタツヲの直筆サインが入っていた。
他チームから学んだスポーツマンシップの大切さ
足繁くホームゲームに運ぶわけではないアウェーチームやそのファン、さらにはメディアにまで、なぜこれほどにまで手厚いおもてなしを行うのか。広報担当の渡邉一将さんは話す。
「我々のファンにもアウェーのファンにも、勝った・負けた以外のところで楽しんでいただけるおもてなしをしようというのは、おそらく全スタッフの共通意識だと思います。メディアを含むすべての方に“シーホース三河”の雰囲気を楽しんでもらい、『ここはいい場所だ』と言っていただきたいと思いながら、環境づくりを行っています」
福澤さんは、アイシン時代の応援団や、プロの先輩である大阪エヴェッサ、琉球ゴールデンキングスの取り組みからスポーツマンシップの大切さを学んだと話し、さらに続けた。
「アリーナのスタッフが、お客様を迎えるときの第一声としているのが『ようこそシーホースへ』。演出チームである私たちも、どんな状況でも、たとえチームの成績がどうであっても『ようこそシーホースへ』という思いを大切にしています。しかも、今のBリーグって『昨日の敵は今日の友』じゃないですけど、来季仲間になることが大いにありえますよね。例えばひいきチームの選手が三河に移籍したとして、そのチームのファンに『うわ、三河に行っちゃった』でなく、『やった、これで三河に遠征する理由ができる』なんて思ってもらえたら嬉しいですね」
三河の鈴木HCもスタッフの頑張りに感謝
CS出場を逃した上に、対戦相手の優勝が決まる瞬間を大画面で見届けさせられた三河の選手やチームスタッフは、さぞ複雑な思いだっただろう(川崎の佐藤賢次ヘッドコーチは「三河さんに酷で、見ていられなかった」とビジョンにまったく目を向けなかった)。しかし、三河の鈴木貴美一ヘッドコーチはこう話していた。
「田舎のアリーナでもお客さんに喜んでもらうために、フロントスタッフは社長を筆頭に本当によく頑張っています。その姿を見ているからこそ、僕らも一緒になって手伝ってあげようと思うんです。選手たちは、相手の優勝がかかった試合なんて見たくなかったかもしれないですけど、それをしっかりと見て、悔しい思いを次につなげればいいし、フロントの頑張りを彼らもよく分かっていると思います」
前代未聞の取り組みは、シーホース三河が備えるホスピタリティの真髄とも呼べるものだった。(青木 美帆 /Miho Aoki)