好調・楽天の不動のリードオフマン 西川遥輝は日本ハムに在籍していた昨年から、楽天に対して偏見も固定観念もなかった。 今シ…
好調・楽天の不動のリードオフマン
西川遥輝は日本ハムに在籍していた昨年から、楽天に対して偏見も固定観念もなかった。
今シーズンのチーム防御率2.40(成績はすべて5月11日現在/以下同)が示すように、投手陣のレベルが高いことは知っている。だから、より彼らに安定感をもたらすべく、外野守備では「捕れる打球は絶対に捕ってやる」と、神経を研ぎ澄ませてバックアップする。

今季から楽天でプレーする西川遥輝
その守備の意識は、走塁でも生かされる。
通算319盗塁。4度のタイトルを手にするスピードスターは、常に先の塁を見据える。「自分はそこまで肩が強くはない」という自覚は、裏を返せばポジショニングや打球の追い方、スローイングの精度といった自身と、相手守備の冷静な分析へと直結するのである。
「活躍できるような選手は、みんな持っている能力だと思います」
この言葉に矜持がにじむ。
西川はしかし、それを自分だけの成果にすることなく楽天に還元する。春季キャンプから培った技術を惜しげもなく伝えながらも、「そこは(外野守備走塁担当の)佐竹(学)コーチが若手を熱心に指導されているから、結果としてつながっているんじゃないかなって」と調和を重んじる。チームの盗塁数はすでに、45だった昨年の半分以上の32。本人は控え目だが、効果は数字が物語っている。
バッティングでも出色の働きを披露する。
打率.293、29得点、出塁率.439。1番バッターに求められる数字がリーグ上位に名を連ねるどころか、24打点、得点圏打率.444、長打率.534、OPS.974と、クリーンアップをも凌駕する勝負強さを発揮する。
リードオフマンとして流れをつくり、チャンスではクラッチヒッターとして役目を果たす。この下地となっている数字が、フォアボールだ。リーグ1位の30は、それだけボールを見極められ、西川が攻撃の要としてタクトを振れていることの証左でもある。
「ただ打てない球を振ってないだけだと思います。打てると思った球をしっかりとコンタクトできているっていうことですね」
ピッチャーのサイズや投球フォームなど、タイプの違いは西川からすれば関係ないことだ。自分の間合いに相手を引き込むことによって、ピッチャープレートからホームベースまでの距離を制圧できる。
「ホームベースからプレートまでの長さは変わらないものなんで。そこは自分の感覚をしっかり持ってやれていますね。ストライクでも『打てない』と思ったらバットを振らないし、ボール球でも『打てる』と思ったら打ちにいく、みたいな感じですかね」
今シーズンは、それがより高度に再現できているのは事実だが、西川の爆発力のすべてかといえばそうではない。
シーズンをやりきりたい
成績とは技術や経験の積み重ねの結晶のようなものだ。昨年までの11年間で1232安打を記録していることからも、西川には野球選手として強靭な背骨がある。
今の彼を支えているのは、むしろ心だ。
「その部分だとは思いますね」
西川が静かに呟き、首肯する。
「一度、死んだ身として、野球人として『ここでもう1回はい上がらないといけない』って気持ちですかね」
シーズンが終了した昨年11月。所属球団を含めたすべての球団と交渉できる「ノーテンダー」いう制度を提示されたことによって、西川は日本ハムを離れることとなった。楽天ほか自分に興味を持ってくれる球団があったとはいえ、移籍先が決まるまでは時折ネガティブな感情が襲うのは無理もなかった。
「もう、野球ができないんじゃないか?」
シーズンオフであっても休まずトレーニングに励む。邪念を振り払うように体を動かしていても、心の霧を意識する自分がいた。
「『チームが決まった時に全力で動けられるように、体の準備はしないといけない』と思っていたんですけど、なかなか決まらなかったんで。不安な気持ちが一番大きかったです」
昨年12月末、西川の楽天入団が決まった。「死んだ身」と言いきるほどの煩悶を経てたどり着いた新天地で、西川はふつふつと沸き起こる、懐かしき感情に触れた。
成り上がりの精神。ガツガツ感だ。
日本ハムの若手時代、レギュラーになるため、ただ上だけを目指して邁進していた頃の自分を、西川は再び覚醒させたのである。
「そういう気持ちを忘れていたわけじゃないんですけど、(ここ数年は)今ほどの感じではなかったと思います。ハングリー精神ってところをもう1回、蘇らせてもらえたかなって」
4月16日、楽天はソフトバンクとの直接対決を制して首位に浮上した。試合を決めたのは、楽天不動のリードオフマンのホームランだった。
この日、西川は30歳になった。
節目の年に楽天に移籍したことの意味。それをどう捉えているのか?
「年に関してはあんまり気にしてなくて」
少しだけ、そっけなく答える。でも、すぐに「ただ......」と、言葉をつなぎ合わせた。
「僕の周りの人たちも29、30でいろんな転機が訪れているんで。そういうタイミングだったのかなって思います」
西川のバースデーアーチで勝利してから、楽天は首位を快走する。球団記録を更新する11連勝も果たした。シーズン序盤にして他の追随を許さないほどの強さを見せる。
最少失点に抑える投手陣。彼らの奮闘に打線が応える。その攻撃で切り込み役を託された男が、ボールを見極めてチャンスメイクし、ダイヤモンドを疾走する。
先など見据えない。今を全力で──。西川はその姿勢を、いつだって体現する。これこそが、一度は野球選手としての死を自覚した男の自己証明なのである。
「本当に後悔したくないんで。思い残すことがないくらい、シーズンをやりきりたいなって思っています」