「プリンスアイスワールド」に出演した宇野昌磨 2022年4月、横浜。『プリンスアイスワールド 2022-2023 Brand New StoryⅢ』の初日公演の合間だった。記者会見用にこしらえた一室で、出演者でもある宇野昌磨(トヨタ自動車、…



「プリンスアイスワールド」に出演した宇野昌磨

 2022年4月、横浜。『プリンスアイスワールド 2022-2023 Brand New StoryⅢ』の初日公演の合間だった。記者会見用にこしらえた一室で、出演者でもある宇野昌磨(トヨタ自動車、24歳)は、鍵山優真と立って並び、質問に答えていた。

 宇野は白のジャージ、黒のトレーニングパンツ、トレーニングシューズという身なりだった。いつものようにうしろで腕を組んでいた。マスクを着けたまま、マイクもなしだったが、やや高い声はよく通った。

「昨シーズンもここから始まったと思うので、今シーズンもここから始められたらいいなと思います」

 宇野は意欲的な口調で語った。

 2022-23シーズン、新世界王者のスケーティングはどう進化を遂げるのか?

2022-2023シーズンへ新SPを披露

 外は雨脚が強くなっていたが、入場を待つ人たちが長い行列をつくっていた。

 2021-22シーズン、宇野は「4回転ジャンプ、4種類5本」という最高難度の目標を引っさげ、一気に駆け抜けている。

 グランプリ(GP)シリーズは、スケートアメリカが2位、NHK杯が1位。GPファイナルは中止になったが、全日本選手権では2位で北京五輪出場権を手にした。五輪では、団体、個人で銅メダルを獲得。日本人フィギュアスケート界最多3つのメダル保持者となった。

 そして今年3月の世界選手権では、「ステファン・ランビエルコーチが納得する最高の『ボレロ』を」と自らのプログラムと向き合った戦い方で挑んでいる。みごとに自己ベストを更新。結果として世界歴代3位の312.48点をたたき出し、日本男子史上3人目となる世界王者に輝いている。

「昨年も(プリンスアイスワールドに)出させてもらって、そこで『ボレロ』を滑りました」

 宇野はそう振り返っている。

「当時は、まだ(プログラムとして)できていない状態でのお披露目でした。でも何回も公演をすることによって、昨シーズンのいいスタートにつながったと思っています。1年間、いいシーズンを過ごすことができたのは、間違いなくプリンスアイスワールドのおかげもあって」



神奈川・KOSE新横浜スケートセンターで行なわれた

 この日、宇野はショートプログラム(SP)の新プログラム『Gravity』を初披露している。

 リンクに現れた宇野は、黒のスーツ上下に白いワイシャツだった。胸をはだけさせ、ネックレスを揺らし、軽やかに滑る。冒頭で4回転トーループをきれいに着氷。ジョン・メイヤーのギターの律動に身をゆだねるようにステップを踏み、スピンを回って、十八番の「クリムキンイーグル」で観客を沸かせた。サービス精神が旺盛だった。ラストのポーズでは、両手を大きく広げて、視線を空に向けた。

「つい先日まで参加していたスイス合宿で、ランビエルにつくっていただきました」

 宇野は新プログラムについてそう明かしている。

「まだつくりたてで。テーマについては、まだランビエルに深く聞いていないので、これからですが曲調自体は、強い、弱いが音楽として明確にわかれているので。そこはしっかりと表現することができたらいいなと思っています」

 彼はプログラムに打ち込むことに喜びを感じるタイプだろう。練習で研鑽を積み、試合の中で課題を見つけ、それを再び練習で改善させ、完成に近づける。その繰り返しを楽しめる。

「練習どおりのショートプログラムができました。練習での力を試合で発揮するのは難しいので、今はうれしく思います」

飄々とリンクに立つ世界王者

 これは3月の世界選手権での言葉だが、宇野の本質はリンクに立つ日々にある。どれだけ大舞台であっても、試合の結果だけに左右されない。そこに、新世界王者の深淵が見える。

「僕は負けず嫌いではあるんですけど、自分のためだけにスケートをするのが得意じゃなくて。でも近しい人のためなら、どういう演技で満足してくれるのかわかっているので、リラックスしてできるのかなと思います」

 そのあり方も一種、独特かもしれない。しかし、真剣に自らと向き合って出した答えなのだろう。言うまでもないが、世界王者になってもおごりたかぶりなどいっさいない。彼はそもそも、そうしたナルシズムを恥じるタイプだ。

 会見の最後、引退を決意した田中刑事について聞かれた時の答えは、何とも宇野らしかった。

「(引退しても関係が)特に変わったというのはなくて。これからも会うし、アイスショーでは何度もこうして顔を合わせるはず。競技者というよりも友達として、同じ目線でしゃべってきて、友達と先輩後輩の間というか。その関係は、これまでも、これからも変わらないです」

 たとえ選手を続けていても、やめても、「スケートをやってきた仲間」という変わらぬ思いだろう。

 宇野は新シーズンも、変わらず競技者として滑り続ける。そこに力みは見えない。『Gravity』は重力を意味するが、世界王者は解き放たれたように飄々(ひょうひょう)とリンクに立つはずだ。