五輪メダル獲得後「不安だった」 3月25日の世界フィギュアスケート選手権、女子フリー。最終滑走者として演技を終えた坂本花織は右手を強く振り下ろすと、何度も氷をたたいて喜びを爆発させた。 プレッシャーのかかるなか、演技前半の3回転ルッツはノッ…

五輪メダル獲得後「不安だった」

 3月25日の世界フィギュアスケート選手権、女子フリー。最終滑走者として演技を終えた坂本花織は右手を強く振り下ろすと、何度も氷をたたいて喜びを爆発させた。

 プレッシャーのかかるなか、演技前半の3回転ルッツはノット・クリア・エッジ(明確でない踏み切り)と判定されたものの、GOE(出来ばえ点)は1・10点の加点。ジャンプは余裕を持ってきれいに決め、スピンやステップはすべてレベル4にするノーミスの演技。初優勝を確信した、うれしさの表現だった。



世界選手権で金メダルを獲得した坂本花織

 北京五輪銅メダル獲得後について坂本はこう語った。

「五輪のメダルは競技人生においての一番の目標だったので、その夢がかなって燃え尽きてしまい、『これからどうしていこうか』と初めてというくらいに悩みました。メダルもうれしいですが、それを重荷に感じてしまうこともあって調子が落ち込んで不安が大きかったです」

 さらに、ロシア勢の欠場が決まり、世界選手権の金メダル候補と言われるようになった。

「欠場を知った時は調子もあまり上がっていなくて、不安要素のあるような練習しかできなかったので、頑張りたいという気持ちもありながら、調子を気にしすぎる面もあって、世界選手権はどうなるんだろうと、不安を感じていました。

 でも日に日に調子が上がり出してからは、結果をいっさい考えないことにして、ショート・プログラム(SP)もフリーも今季最後の演技になるので、思いきり満足できる演技をしようと......。これまでも結果を考えずに、今やるべきことをやってきたので、そのとおりにやろうと思うようになりました」

SP自己ベストに喜び爆発

 そんな気持ちで迎えた3月23日のSPは、最初こそ少し硬さのある滑りだったが、ダブルアクセルをジャッジ9人中8人がGOE点の5点を出すジャンプできれいに決めてからは、スピードに乗った滑りに。

「ジャンプもちょっと危なかったところはあったけど、なんとかハマってよかったです。スピードに乗ったなかでジャンプを3つともそろえられ、今の自分ができるベストの演技だったと思います」

 ノーミスの滑りで、自身初の80点台となる80.32点を獲得。キス&クライでその点数を見た時には、大声で何度も叫び声を上げるほどだった。

 SP2位のロエナ・ヘンドリック(ベルギー)には5.32点差をつけた1位発進。坂本のフリーは、前の滑走者のヘンドリックスが合計217.70点で暫定1位に立ったあとの演技となった。優勝が近づくなか、来年の世界選手権3枠獲得のためには2位以上が必須条件となり、プレッシャーはより大きくなった。

歓喜の金メダルに坂本節が炸裂

 そんななか、緊張した表情で滑り出した坂本は、前半の4本のジャンプを丁寧に決め、そのあとのフライングシットスピンを終えてからは、動きや表情にも余裕が出てきたように見えた。

 後半に入ると得点源である3回転フリップ+3回転トーループと、ダブルアクセル+3回転トーループ+2回転トーループを1.74点と1.50点の加点のジャンプにしてきれいに決める。さらにステップシークエンスも大きさとメリハリのある坂本らしい滑りを見せてレベル4にし、最後の3回転ループも流れのなかでしっかり決め、コレオシークエンスとスピンでも加点を稼いで鮮やかに滑りきった。

「本当に緊張はすごくて......。五輪とはまた別のすごい緊張に襲われて、何か、頭とか心が大変じゃないかと思うくらいで。でも、最後は中野(園子)先生とか、周りの方々に背中を押されて出ることができたので、ここまできたらやるしかないと思って。それにこの大会では来年の世界選手権の枠取りもかかっていたので、なんとか3枠を死守しなければいけないという思いもあった。死んでもいいからやろうと思いました。順位や点数というのは、自分がやるべきことをやったらついてくると思っているので、とにかくノーミスでしっかりやろうと考えていました」

 途中から余裕を感じさせる滑りになった理由を、笑いながらこう話した。

「4本目の3回転サルコウあたりから、リンクに何かものが落ちているのに気がついたのでそれがすごく気になってしまって。これ何やろう、という気持ちになって集中が少し薄れたけど、それで集中しすぎないちょうどいい緊張感に戻れたなと思います。そこからはいつもの自分というか、いつもの朝練習のような感じだな、というのがありました」

 まさに坂本花織らしさ満開のコメント。技術点、演技構成点ともにこれまでの自己ベストだった北京五輪の得点を上回り、155.77点を獲得。合計も自己最高の236.09点にして圧勝し、樋口新葉の11位と合わせて来年の世界選手権3枠獲得を確定させた。

 周囲から「金メダル」と言われ続けるプレッシャーのなかでの見事な滑り。「今回メダルを獲っておかないと、今後はこういうチャンスはないと思っていたので、このチャンスをつかめてよかったなと思います」。坂本はこう話し、続けた。

「やっぱりこの世界選手権もそうだけど、今シーズンは本当にNHK杯だったり全日本選手権だったりで、今まで以上に『優勝候補』と言われるのがついてきていて、毎試合それがすごい緊張になったりしていました。でもそれを何回も乗り越えてここまでやってこられたというのは本当に自信になったし、こういう経験ができて幸せだったなと思います。この世界選手権で最後の最後まで、自分がやるべきことをやりきることができたことに、すごく満足しています」

 ロシア勢不在のなかで、圧巻の強さを見せた坂本。

「本当の強さというのは、毎年、毎年リセットされるので来シーズンはどうなるかわからない。自分はいつもスロースターターだから、また試合をたくさんやってどんどん、どんどん強くなれるように頑張っていきたいなと思います」

 目標にしていたものをすべてクリアするシーズンを終えた坂本は、また"新たな坂本花織の強さ"を追い求めていく決意を口にした。