W杯カタール大会アジア最終予選・豪州戦目前インタビュー サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会出場権を懸けた日本代表…

W杯カタール大会アジア最終予選・豪州戦目前インタビュー

 サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会出場権を懸けた日本代表は24日、オーストラリアとアウェイで対戦する。グループBは勝ち点19でサウジアラビアが首位。1差の2位日本、4差の3位オーストラリアの三つ巴に。自動的にW出場権が与えられるのは上位2か国。日本にとってライバルとの直接対決は勝てばW杯出場が決まるが、アジアの戦いはそう簡単ではない。かつて日本代表として戦った久保竜彦氏は、2004年2月のドイツW杯アジア1次予選初戦・オマーン戦で苦戦しながら、終了目前に自身の決勝ゴールで辛勝した激闘の記憶を明かした。(取材・文=藤井 雅彦)

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 久保竜彦の脳裏には、あの日の情景が鮮明に焼き付いている。

 日本サポーターで超満員に膨れ上がった埼玉スタジアムの雰囲気に胸を突き動かされた。ウォーミングアップから高揚感を抑えきれず、キックオフ後はまるで心臓の鼓動が聞こえるかのように昂っていく。

「自分は周りの雰囲気によって変わるタイプ。あの時は試合前からドキドキワクワクが止まらなくて、早くピッチに立ちたかった。日本は前半から攻め込んでいたけどシュートがなかなか決まらなくて。でも内心では『よし、よし』と(笑)。はよ、オレを出せってずっと思っていました」

 1次予選の初戦でこれほど苦戦するとは誰も想像していなかった。中田英寿や中村俊輔、高原直泰といった錚々たる顔ぶれが揃っているにもかかわらず、日本はオマーンの粘り強い守備を崩すことができない。

 後半が始まると同時に、久保に出番がやってきた。

 しかし打てども打てどもゴールが遠い。この試合、オマーンのシュート6本に対して、日本は3倍近い17本を記録した。「決定力不足」という言葉が頭をもたげるようになったのは、この頃からかもしれない。

訪れた、その瞬間「ボールがパチンコ玉みたいに飛び跳ねて突然…」

 気がつけば時計の針は後半アディショナルタイムに突入していた。焦燥感ばかりが先に立ち、冷静にゲームを進められる状況ではなくなる。大観衆の声援はいつしか大きなプレッシャーに変わっていた。

 スコアレスドローを覚悟した次の瞬間、チャンスが訪れる。一連の流れを回想する久保の言葉はとても流暢だ。

「しっかり覚えています。相手選手がヘディングで中途半端にクリアしたボールが俊輔(中村俊輔)に当たって、それがDFに当たってコースが変わって、自分の足下にこぼれてきたんです。ボールがパチンコ玉みたいに飛び跳ねて突然来たので『あれ?』ってなりました(笑)」

 不意に転がってきたボールを左足でトラップし、間髪入れず振り抜いた。「時間が止まったような感じ」のシュートがファーサイドに決まり、日本に価値ある勝利をもたらした。

 落ち着いて決めたように見える場面だが、コンマ数秒の間にさまざまな思いが駆け巡った。

「最初は思い切り足を振って『ぶち抜いたろう』と思ったんです。でもしっかりとしたパスではなくこぼれ球がたまたま来ただけで、一瞬の出来事だけど普通のリズムではなくて変な間がありました。本当はズコンと蹴り込んでやりたかったんですけどね」

 舞い降りてきたのはジーコ監督の顔と声、それから毎日のシュート練習だった。

「練習では何度も何度も言われました。『コースを狙え。ぶち蹴るな』と(苦笑)。ジーコは言葉だけではなくて、めちゃくちゃ上手かった。フワーっとした軌道のシュートだけど、何回蹴っても同じところに飛ぶ。俊輔も似た感じで上手かったけど、ジーコが一番上手かったです」

「日向小次郎のシュート」に憧れ、田んぼで磨いた強いボール

 名前にちなんでつけられた愛称は「ドラゴン」。その名のイメージが示す通りに豪快なシュートを好んでいた。プレースタイルの原点は幼少期に出会ったサッカー漫画のキャプテン翼だ。

「小学生の時にキャプテン翼を読んで、GKを吹き飛ばす日向小次郎のシュートを打ちたいと思ったんです。日向小次郎は荒波に向かってシュートを打って鍛えていました。自分が住んでいたところには海がなかったので、水を吸って重くなったボールを田んぼで蹴って特訓していました。あとはポストに当たってボールが破裂するシーンも好きでした。どれだけ強いボールを蹴れるかにこだわっていたんです。でもジーコに言われました。『GKは吹き飛ばせないから』って(笑)。自分はどうにかしてGKを吹き飛ばしたかったんですけどね」

 師の教えと反復練習が日本を窮地から救う貴重なゴールに結びついた。

 前途多難に思われたW杯予選だったが、日本は勝負強さを発揮する。翌年の最終予選でも僅差の接戦を制していき、ドイツW杯本大会行きの切符を手にした。2002年日韓W杯でベスト16に進出した次の大会とあって、ファンのみならず日本国民からの大きな期待を背負うことに。

 だがドイツW杯の舞台に久保の姿はなかった。

 持病の腰痛と膝痛を抱えたままプレーを続けた代償は大きく、体が悲鳴を上げてしまった。2005年頃からはさまざまな治療法に加えて断食を採り入れるなど、手は尽くした。少しずつ状態が回復し、W杯イヤーには代表復帰も果たしている。

 ただし、ベストコンディションに戻るには至らなかった。

「アホだったなと思いますよ。あれだけ遊んでいても結果を残せるような体と選手ではなかったということでしょう。外国人とは違う日本人なので、本当に上を目指すなら体調管理やケアをしっかりやらないとダメ。自分は全然やっていなかった(苦笑)。でも後悔はしていないです。楽しかったから」

「W杯に落ちた時に人生が変わったんです」

 常にインパクト大を求める男が、冷静沈着なシュートでゴールネットを揺らす。信念を曲げる咄嗟の判断がなければ、日本サッカーの歴史が変わっていたかもしれない。

 あるいは、久保自身の人生を変える一撃になったのではないか。

 すると不精髭を触りながら、言い切った。

「人生を変えた一撃なんてないですよ。W杯に落ちた時に人生が変わったんです」

 鋭い眼光は、現役時代にゴールだけを見据えるドラゴンのそれだった。

■放送予定
【AFC アジア予選 -Road to Qatar- 第9戦】
3月24日(木)オーストラリア vs 日本/日本時間18:10キックオフ(DAZN)

【AFC アジア予選 -Road to Qatar- 第10戦】
3月29日(火)日本 vs ベトナム/日本時間19:35キックオフ(テレビ朝日系列、DAZN)(藤井雅彦 / Masahiko Fujii)