(この選手たちは、なぜこんなに自信を持ってプレーできるのだろう......) 昨秋の近畿大会から今春のセンバツ初戦まで和歌山東の試合を3試合見てきて、その疑問が解決できずにいた。 想像してみてほしい。もし自分が、常時120キロそこそこの球速…

(この選手たちは、なぜこんなに自信を持ってプレーできるのだろう......)

 昨秋の近畿大会から今春のセンバツ初戦まで和歌山東の試合を3試合見てきて、その疑問が解決できずにいた。

 想像してみてほしい。もし自分が、常時120キロそこそこの球速しか投げられない左投手だったら。そして甲子園という大舞台で、競った試合のピンチでワンポイントリリーフに立ったら......。



1回戦で好リリーフを見せた和歌山東の田村拓翔

 私がその立場なら、「なんでこんな大事な場面で、好投しているエースにを代えてまでまで自分を出すんだ」と監督を呪うだろう。高校野球をやっている者なら、誰だって甲子園でスターになりたい。だが、その願望と同じくらい、「大失敗をしたくない」と臆病になるのも人情だろう。

 しかし、和歌山東の左腕はその酷な場面で結果を残してみせた。しかも、1試合でふたりもだ。

ピンチで遅球左腕にスイッチ

 3月19日のセンバツ1回戦、和歌山東対倉敷工は、1対1の同点のまま終盤を迎えていた。8回裏の倉敷工の攻撃、一死一、二塁とピンチが広がった。好投してきた技巧派サイドハンド・麻田一誠には抜け球が目立ち、この回だけで2個の四球を許していた。打順が1番の左打者・藤井虎道を迎えたところで、和歌山東のひとり目の左腕が登場する。

 背番号11をつけた田村拓翔(たくと)。身長167センチ、体重65キロの小柄な左腕がマウンドに上がると、曇り空から雨粒が落ちてきた。悪コンディションが重なり、田村はいきなり2ボールとカウントを悪くしてしまう。しかし、田村は90キロ台のカーブを連投して、2ストライクを奪う。最後はストレートでセンターフライに打ちとった。

 さらに2番の松嶋文音にも田村は4球連続でカーブを投げ、空振り三振を奪う。強打者相手にも遅いカーブで攻める大胆な投球に、田村の度胸のよさが伝わってきた。

 その後は再び麻田がマウンドに戻り、試合は延長戦に突入する。10回裏、一死一、二塁のピンチに左打者の難波和希を迎えると、今度はライトを守っていた山田健吾が小走りでマウンドに向かった。

 身長167センチ、体重71キロの山田もまた、緩い変化球を難波に投げ込んだ。やや甘く入ったボールを難波がとらえると、ライトへのフライに。一塁走者が飛び出す判断ミスにも助けられ、併殺でピンチを切り抜けた。

 その直後、延長11回表に和歌山東打線がつながり、一挙7点を奪って試合を決めた。

 試合後、田村と山田に聞かずにいられなかった。大事な場面で登板し、遅いボールを投げるのは勇気が必要だったのではないかと。ふたりとも答えは似たようなものだった。

「僕は速球派のピッチャーじゃないので、緩急を使って打たせてとるピッチングをしたいと思って投げています」(田村)

「自分には速い球がないので、遅い球で引っかけさせるのが持ち味なので。怖いということはないです」(山田)

 田村も山田も、自分の仕事ぶりに自信と誇りを持っていることは伝わってきた。

ドラフト候補は皆無

 彼らだけではない。今年の和歌山東にはスカウトが注目するようなドラフト候補がいるわけではなく、中学時代に実績のある選手も少ない。智辯和歌山や市和歌山より技量が劣る選手が、和歌山東には集まってくる。

 一見平凡に見える甲子園初出場校の選手たちが、大舞台でも自信を持ってプレーできる理由。それが選手の言葉だけでは、十二分に理解できなかった。

 そこで、起用する米原寿秀監督に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「ウチのテーマは『日本に勇気と元気を与えるゲームをする』やから。田村も山田も失うものは何もない。試合に出てったヤツが思いきってやるだけ。ひるんだプレーはするなと言ってきたことが、浸透してきたのかな」

 とはいえ、使う側も勇気が必要なのではないか。狙いや勝算があるとはいえ、結果が出なければ叩かれるのは監督である。「エースと心中する」と動かなければ、たとえ結果が出なくても叩かれる心配はないのでは。そう尋ねると、米原監督はこう答えた。

「それができたから、今ここ(甲子園)に来られたわけやからね。それを変えちゃったら、ウチは何もないチームやから」

監督と選手の強固な信頼関係

 昨秋の和歌山大会、近畿大会と、和歌山東は同じ戦い方を貫いてきた。9月の新人戦で0対11とコールド負けした智辯和歌山に、1カ月後の県大会準決勝では5対4と雪辱。その試合でも、米原監督は山田や同じく左投手の石野涼をワンポイントで投入し、試合の流れを引き寄せている。

 攻撃面でも長打を打てる打者が少ない分、盗塁、バント、ヒットエンドラン、三塁走者がゴロを打った瞬間にスタートする「ギャンブルスタート」など、あらゆる戦術を駆使する。監督がサインを出しても、選手が応えられなければ意味がない。だが、和歌山東には監督と選手の間で強固な信頼関係ができあがっている。

 米原監督は言う。

「選手には『どんどん仕掛けるから、ついてこい』と言っています。それがウチの野球やし、失敗しても絶対に引きずるなと。失敗したって、使った監督が悪いんやから。そうやってここまで勝ち上がってきたので、失敗しても怖くはないですね」

 昨秋から今に至るまで、米原監督が口癖のように使っているフレーズがある。それは「魂の野球」だ。米原監督は自分に自信を持てない選手たちを前に、こんな言葉で鼓舞してきたという。

「おまえらはこれまでの環境では力を出せていなかっただけや。おまえらの魂はそんなもんちゃうやろ」

 目標とする甲子園ベスト8まで、あと1勝。目の前に立ちはだかるのは関東屈指の名門・浦和学院だ。米原監督は「いい戦いができると思います」と不敵に笑うが、「魂の野球」がさらなる波乱を巻き起こす可能性は十分にある。

「日本に勇気と元気を与えるゲームをする」

 米原監督のフレーズは、多少大仰に聞こえるかもしれない。だが、誰よりも勇気がなければ、人に与えることなどできない。和歌山東の野球は、失うもののない人間の強さを教えてくれる。