なんともじれったい日が続いた。いつもなら、大阪桐蔭がセンバツに出場する時は大会前にグラウンドを訪れ、練習はもちろん、練習試合も確認し、いざ本番での観戦となるところ、コロナ禍による取材規制が続き、昨年秋を最後に前田悠伍(大阪桐蔭)の投げる姿…

 なんともじれったい日が続いた。いつもなら、大阪桐蔭がセンバツに出場する時は大会前にグラウンドを訪れ、練習はもちろん、練習試合も確認し、いざ本番での観戦となるところ、コロナ禍による取材規制が続き、昨年秋を最後に前田悠伍(大阪桐蔭)の投げる姿を見られないまま、センバツ初戦を迎えることになった。



昨年秋、圧巻のピッチングを披露した大阪桐蔭の前田悠伍

大阪桐蔭の救世主

 唯一、大阪桐蔭の選手たちがプレーしている姿を見られたのは3月7日、関西学院との練習試合(ダブルヘッダー)だった。センバツ前の大阪桐蔭の試合を見ることができる貴重な機会とあり、当日はメディア関係者、スカウトらが多数詰めかけた。

 ようやく前田の投球が見られると思っていたが、第1試合の先発マウンドに立ったのは左腕の小林丈太。結局、この日の2試合で前田が投げることはなかった。

 それでも1試合目の終了後に15分の囲み取材時間が設けられ、前田の近況を聞くことができた。この2日前、練習試合にリリーフで3回を投げたと言った。

「球数は55球で、三振は4つ。フォアボールはなくて、許したヒットはたしか3本でした。久しぶりの対外試合ということで気合いが入りましたし、指にかかる球も多くあって、そこは成長かなと思いました」

 じつは今年1月に前田にじっくり話を聞ける機会があり、昨シーズンの投球やオフの取り組みについて聞いていた。

 昨年秋の前田は、大阪桐蔭にとってまさに救世主だった。2021年の大阪桐蔭は、センバツで初戦敗退し、夏の甲子園でも2回戦で敗れた。もし秋に、「らしくない」戦いが続くようなら、高校野球界の勢力図が変わり始めてしまう......。そんな予感すらあったが、背番号14の1年生サウスポーがあっさり不安を吹き飛ばした。

 秋の大阪大会では準決勝の履正社戦を含め、要所の試合を任されるも危なげないピッチングで相手を圧倒。近畿大会でも塔南(京都)、東洋大姫路(兵庫)、天理(奈良)の3試合、17イニングを投げ、自責点0。

 さらに神宮大会では、初戦の敦賀気比(福井)戦で1点ビハインドの4回から救援し、6イニングを2安打、10奪三振、無失点の好投で勝利を呼び込むと、九州国際大付(福岡)戦は7回2失点完投(7回コールド)。広陵(広島)との決勝は乱打戦の最後を締め、大阪桐蔭を初の神宮制覇へと導いた。

「1年目であんなにいけるとは、正直思ってなかったです。小学校の時も、中学校の時も『1点取られたら負ける』というチームで投げていて、いつも苦しかったんですけど、高校では『こんなに打ってくれるのか』『こんなに捕ってくれるのか』と。そのおかげで、1年でも自分の力を出せたのかなと思います」

 屈託のない笑顔で振り返ると、『でも浮かれてないですよ』と言わんばかりの真面目な顔になって、こう言った。

「初めがよくても、ここから落ちていったら『なんや、こんなもんか』って思われるので、もっとレベルを上げていきます」

究極の負けず嫌い

 前田のすごさは、1年生にして勝てる投手としての要素を備えていることだ。

 しなやかな体重移動とヒジの先が走る無理、無駄のないフォームから放たれるストレートの球質は一級品で、今秋のドラフト候補である捕手の松尾汐恩も「手元での勢いが違います」と太鼓判を押す。秋の時点で最速145キロを記録したが、本人が「スピードよりもキレ、伸びにこだわっています」と話すように、回転数の高さが伝わってくる。

 さらに制球力も安定しており、抜けのいいチェンジアップにスライダー、昨年夏以降に覚えたというツーシームらの変化球も含め、どの球種でも簡単にストライクがとれる。常に投手有利のカウントに持ち込み、四球で崩れるという不安は皆無だ。

 ほかにも、先頭打者を容易に出さず、勝負どころでは一段階ギアを上げ、フィールディングも安定。投球テンポもよく、野手にリズムが生まれるため、援護と好守にも恵まれる。中学1年時にはカル・リプケン12歳以下世界少年野球の日本代表として世界一に輝くなど、大舞台の経験もある。

 前田に自身のピッチングの持ち味について聞くと、多くを語ってくるのは内面についてだ。

「『オレのボールは打たれない』とか、そんな変な自信は持ってないですけど、『打たれるわけがない』という気持ちは誰よりも持っています。気持ちの部分が、自分の一番の持ち味だと思っています」

 子どもの頃から、普段の遊びでも勝つまでやめず、女房役の松尾が「ちょっと打たれたらマウンドでカッカして、ずっと怒っています(笑)」と言うほどの負けず嫌い。

 その一方で、クレバーな一面も備える。

「マウンドで常に頭にあるのは、今日のベストを出しきること。調子が悪ければ悪いなりに、その日のベストを出す。試合を任されている以上、そこが大事だと思っています」

変化球で三振は好きじゃない

 昨年の秋、前田に「高校に入ってから負けたことがあるか?」と聞いた。すると、練習試合を含め負けたことがないと。コロナ禍により練習試合は多くないが、それでも負けないということは只者ではない。その話を聞くと、無性に負ける姿を見たくなった。もちろん、滅多なことでは負けないだろうと感じたからだが、負けを経験することでさらにスケールアップするのではないか......という期待が強かったからだ。

 今年1月、前田に「負けるところも見たかった」と伝えると、笑顔でこう返してきた。

「たしかに負けて学ぶこともあると思うんですけど、大阪、近畿を勝ったからこそ神宮大会を経験することができた。神宮で戦った3チームのバッターは、それまでの相手より体格が違いましたし、スイングも強くて、当てにくるような選手はいなかった。全国レベルを1年秋の段階で経験できたのは負けなかったからです」

 前田が言う全国レベルの強打者のなかには、同じ1年生(新2年生)スラッガーが揃う。

「広陵の真鍋(慧)くんと九州国際大付の佐倉(侠史朗)くんは神宮で対戦して、ふたりとも打たれましたけど、とにかく大きくて、打席でオーラがありました。これで佐々木くんが打席に立ったら、どう感じるんだろうとは思いました」

 ここまで(3月22日現在)高校通算56本塁打の佐々木麟太郎(花巻東)の話題になると、いっそう目を輝かせた。花巻東の1回戦敗退により、今大会の対決は実現できなくなってしまったが。

「まだ生で見たことがないですけど、対戦してみたいですし、いいバッターには力勝負で抑えたい気持ちが強いです。たとえば、三振を狙う時に変化球っていうのは、あまり好きじゃない。決める時は真っすぐ。(佐々木と)力勝負したい気持ちはめちゃくちゃあります」

 オフの間、体力面の強化とストレートをより磨くことを主眼に、徹底して下半身を鍛え込んだ。前田が求めるのは「相手が狙ってきても打てないストレート」だ。

 ひと冬越えてストレートの手応えを確認すると、こんな答えが返ってきた。

「一昨日の練習試合で相手は完全にストレートを狙ってきていたと思うんですけど、そのなかでも押して、空振りや三振をしっかり取ることができた。また投げ始めたばかりですが、感触はよかったです」

 大阪桐蔭は24日の第1試合で鳴門(徳島)と戦う。

「任された試合で自分のベストを出す。冬の間、チームで言い合ってきた"春の日本一"を全力で獲りにいきます」

 ようやく目にすることができる前田悠伍のピッチングを堪能したい。