「平成の怪物」と称された松坂大輔が、評論家としてキャンプ地を回った。楽天を訪問した際には田中将大を激励し、こうエールを送…
「平成の怪物」と称された松坂大輔が、評論家としてキャンプ地を回った。楽天を訪問した際には田中将大を激励し、こうエールを送った。
「自分が見られなかった(200勝)の景色を見てもらいたい」
これに対し田中は、「200勝という数字に近づいていければ......」と答えた。

日米通算200勝まであと19勝に迫っている楽天・田中将大
シーズン20勝は至難の業
「名球会」とは、打者は通算2000安打、投手なら通算200勝、または通算250セーブを達成した選手が入会できる任意団体で、いわば"超一流選手"の証である。
だが、打者はともかく、投手は、とくに入会基準のひとつである200勝をクリアするのは難しくなっている。
理由は、中6日の先発ローテーションが確立し、先発投手は1週間に1試合しか投げなくなったからだ。シーズン143試合制なら、ケガなく1年を通して投げたとしても、先発で登板できるのは25試合程度。
昨年パ・リーグ最多勝の山本由伸(オリックス)は26試合に先発して18勝、セ・リーグ最多勝の青柳晃洋(阪神)、九里亜蓮(広島)はともに25試合の登板で13勝だった。この登板数を考えると、不可能ではないが往年のエースのようにシーズン20勝は容易でない。
現役の投手でいまもっとも200勝に近いのは、冒頭でも触れた日米通算181勝の田中だ。「去年4勝の投手が、残り19勝をいきなりというのはない」と田中は言う。しかし、昨年23試合に先発登板し、そのうち味方の援護が1点以下の試合が12もあった。
さらに、先発投手が6イニング以上を自責点3以内に抑える「クオリティ・スタート」は、昨年のパ・リーグ1位は山本由伸の88.5%(26試合中23試合)、2位が上沢直之(日本ハム)の87.5%(24試合中21試合)、そして3位が田中で73.9%(23試合中17試合)だった。
4勝しかマークできなかったものの、その内容は決して悲観するものではなく、打線がうまく噛み合えば2ケタ勝利は十分に期待できる。
200勝に届かなかった大投手たち
田中のほかに200勝が期待できる投手はどれだけいるのか。通算150勝以上を挙げている投手を列挙したい。
177勝=石川雅規(ヤクルト/42歳)
172勝=ダルビッシュ有(パドレス/35歳)
156勝=前田健太(ツインズ/33歳)
150勝=涌井秀章(楽天/35歳)
※ダルビッシュ、前田は日米通算記録
仮に1年で10勝ずつ挙げたとしても、ダルビッシュで3年近く、前田、涌井も5年近くの歳月を要する。さらに年齢を考慮すると、そのハードルはより高くなる。
ひと昔前の投手は登板数こそ多かったが、「球数マネジメント」はなく、連投や酷使もあったため、衰えや限界は突然訪れた。
かつて松岡弘(元ヤクルト)は36歳となった1983年に11勝をマークし、200勝まであと10勝と迫ったが、のちの2年間でわずか1勝しか挙げられず、1985年に現役を引退した。引退時、同い年の安田猛投手コーチ(当時)は「自分が松岡の登板試合をもっとつくるなど、配慮しなくてはいけなかった」と悔やんだ。
「ミスター完投」と呼ばれた斎藤雅樹(元巨人)は、1989年から2年連続シーズン20勝をマークするなど、驚異的なペースで勝ち星を積み重ね、「斎藤が200勝できなかったら、誰が達成するんだ」と言われるほど確実視されていたが、右腕や内転筋の故障に苦しみ、36歳での引退を余儀なくされた。200勝まであと20勝だった。
江川卓(元巨人)はプロ2年目から8年連続2ケタ勝利を挙げ、「昭和の怪物」にふさわしい活躍を見せていたが、1987年に右肩痛により突如引退を表明。通算135勝、32歳での引退に、「もし高校卒業後にプロ入りしていたら......」と多くのファンが嘆いた。
ちなみに、松坂は通算170勝。2008年にメジャーで18勝を挙げた翌年からケガとの闘いが始まり、そこからはほぼリハビリ生活を余儀なくされた。「ケガさえなければ間違いなく200勝は達成していた」と語る野球解説者も多く、松坂の能力がいかに突出していたかがわかる。
250セーブ達成はわずか3人
「記録の神様」である宇佐美徹也氏と並び称された元パ・リーグの記録部長・千葉功氏に、以前こう尋ねたことがある。
「ストッパーの地位が確立され、いずれ名球会に入るとしたら、セーブ数を何勝に換算するのが妥当でしょうか?」
すると千葉氏は、悩んだ末に「0.5勝かな......」と答えた。つまり、名球会資格である200勝になるには400セーブが必要になるということである。結局、2003年に名球会が新たに加えた基準は通算250セーブだったが、その基準に達したのもこれまで3人しかおらず、この記録も達成が容易でないことがわかる。
その3人とは、岩瀬仁紀(元中日/407セーブ)、佐々木主浩(元横浜など/381セーブ)、高津臣吾(元ヤクルトなど/313セーブ)。阪神の守護神として一時代を築いた藤川球児は日米通算245セーブ、「幕張の防波堤」の異名をとった小林雅英(元ロッテなど)は234セーブと、250セーブまであと少しのところまで迫りながら達成できなかった。
※佐々木、高津は日米通算記録
彼らの無念を晴らすべく、虎視眈々と250セーブ達成を目指している現役選手は、日米通算193セーブの平野佳寿(オリックス)、通算170セーブの山﨑康晃(DeNA)、通算165セーブの松井裕樹(楽天)である。最も250セーブに近い平野は、昨年オリックスに復帰して29セーブを挙げるなど25年ぶりのリーグ制覇に貢献したが、今年で38歳。年齢との戦いになりそうだ。
最後に、上原浩治(元巨人など)が2018年7月に日米通算100勝100セーブ100ホールド(最終的に134勝128セーブ104ホールド)を達成し、「名球会の基準を変えるべき」との意見が出た。この記録は、メジャーでもトム・ゴードン(138勝158セーブ110ホールド)しかいないなど、世界的快挙である。上原のように、先発としてもリリーフとしても活躍した投手はほかにもいる。200勝、250セーブだけでなく、新たな基準を設けてもいいと思うのだが......。
いずれにせよ、2010年以降、打者の名球会入りが19人なのに対し、投手はわずか2名。そのことからも投手の名球会入りは以前よりも増して難しくなっていることは、紛れもない事実である。