サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、大住良之の「超マニアックコラム」。今回は、科…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、大住良之の「超マニアックコラム」。今回は、科学で解明することはできないが、それだけに魅力的でもある「ミステリー」の話。
■世界一決定戦での不思議な事実
ところで、この「埼スタの北側ゴール」のような例は、他にはないのだろうか。私がただひとつ思い浮かぶのが、東京の旧国立競技場を舞台としたトヨタカップである。
1981年の2月に第1回大会が行われたトヨタカップ。欧州と南米のクラブチャンピオンが東京で1試合だけ戦って「世界チャンピオン」を決めるという大会だったが、日本代表が奮わなかった1980年代の日本のサッカーにとっては非常に大きなイベントだった。いわば日本のファンが1年にいちど、世界とつながる日が、トヨタカップだったのだ。そしてその初期には、メインスタンドから見て右側、すなわち「南側」のゴールにばかり得点がはいっていたという不思議な事実がある。
■ジーコらも「恩恵」に預かった
大会の第1号ゴールはナシオナル(ウルグアイ)のワルデマール・ビクトリーノ。ノッティンガム・フォレスト(イングランド)との対戦で、前半10分に見事なゴールを奪い、これが第1回大会の決勝点となった。南側のゴールだった。
第2回大会では、ジーコが試合を操ったフラメンゴ(ブラジル)がリバプールから前半だけで3点を奪い、3-0で快勝した。すべて南側ゴールだった。第3回大会でも、ペニャロール(ウルグアイ)が前半に南側のゴールに得点し、後半には大会で初めて北側ゴールに決めてアストンビラ(イングランド)を2-0で下した。
■「将軍」の幻のゴールも…
翌年の第4回大会、グレミオ(ブラジル)とハンブルガーSV(西ドイツ)が1-1から延長に突入する好勝負を見せ、グレミオが2-1で競り勝ったのだが、得点は再びすべて南側のゴールとなった。そして第5回大会ではユベントス(イタリア)が欧州のチームとして初めてタイトルを取ったが、試合は延長まで戦って2-2、PK戦4-2という際どいものだった。この試合の4ゴールのうち、3つが南側ゴールだった。
しかも、この試合であまりに有名になったユベントスのエース、ミシェル・プラティニ(フランス代表)の超ビューティフルゴール、不可解なオフサイドの判定で認められなかった幻の得点も、南側のゴールに決まったものだった。味方がヘディングで送ったボールをペナルティーエリアの密集のなか胸でコントロールしたプラティニは、浮いたボールを右足でもういちど浮かせて飛び込んでくる相手選手をかわし、左へ反転しながら左足ボレーでゴールに突き刺したのだ。