連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:ビジャの父が語った独自の教育論 スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリー…
連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:ビジャの父が語った独自の教育論
スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界で“差を生む”サッカー選手は、どんな指導環境や文化的背景から生まれてくるのか。今回のテーマは、サッカーの中でも育成するのが難しいと言われるストライカーについて。優秀な点取り屋はどのようにして生まれてくるのかという問いに対し、小宮氏はスペインと日本のサッカー史にその名を刻む2人のストライカーを例に、父の愛情と厳しさが原点にあるとしている。
◇ ◇ ◇
男女の表現はジェンダー問題に留意すべきで、迂闊なことは書けない。
しかし取材を続けていると、「ストライカーというのはひどく男性的なポジションだ」と感じることがしばしばある。例えばイタリアサッカー界では、性行為における男性器をゴールに準える人が少なくなかった。スペインでも、ゴールを決められないFWを“不能”呼ばわりする表現が存在している。それらは行き過ぎているが、人々の中に育った意識でもあるのだ。
ストライカーは、本能的な要素が著しく強い。
「ストライカーは育てられない、生まれるもの」
それは世界サッカーにおける定説になっている。“天然もの”が放つ魅力は、“養殖もの”とは比べものにならない。ストライカーに関してだけは、論理的に情愛を持って育てようとすればするほど、育たなくなるという現象がある。生来的にストライカーかどうかで、ほとんどは決まる。
これは本稿のように、育成論を語る上では実に厄介だ。
それでもロジックを探すならで、優秀なストライカーは父と子の関係性を強く感じさせることが多い。
世界的ストライカーであるダビド・ビジャは、その典型だった。EURO、ワールドカップで得点王を獲得し、スペイン代表として欧州王者、世界王者に。クラブレベルでもFCバルセロナを中心にゴールを量産し、最後はヴィッセル神戸で長い幕を閉じた。
炭鉱夫の息子として育ったビジャは、父独自の教育論で育っている。
「学校の先生が、『サッカーの時間を減らし、もっと勉強させてください』と文句を言ってきやがったことがある。『息子のことは息子が決める。サッカーをやめさせるくらいなら、学校をやめさせる』と言ってやったよ」
父メルは葉巻をふかし、筆者に語っていた。地下800メートルでランプを掲げ、石炭を掘る作業で絆や仲間意識が命綱だった。それだけに勉強は不要でも、チームの一員として戦う精神だけは息子に伝えたという。
大久保嘉人を負けず嫌いにした父の厳しさ
「男は周りのせいにするもんじゃない。怪我を言い訳にしたら、『おまえの集中力が欠けているからそうなるんだ』と教えた。チームが負けたら、『おまえがゴールできなかったからだ』と叱った」
厳しい父は言う。4歳の時、息子が右足大腿骨骨折という大怪我を負った時、入院しているベッドで、「この機会に左足を鍛えろ」と座ったままの息子にボールを投げ、蹴り返させた逸話は有名である。半ば冗談のようだが、現役時代ビジャの左足シュートは強力な武器になっていた。
「息子は試合に負けて泣いたことはない。いつも怒っていたよ。ゴールを外してもそうだ。とても機嫌が悪くなった。あいつにとって、ゴールをして勝つことが人生そのものだった。息子はそうやって、懸命にボールを蹴っていた。子供の頃、あいつは誰にもサッカーを教わっていない。いつも自分でどうやったら上手くなるかを考えていた。練習に励み、悩んで成長していったんだ」
炭鉱の町では、雨が降ると石炭が水に染み出し、シューズもユニフォームも真っ黒になった。ビジャは17歳まで、誰も気にかけないような小さな町のクラブで、「ちびでやせ過ぎ」と入団を断られながら、トッププレーヤーになる未来を信じていた。
そこに浮かぶのは執念だ。
Jリーグ史上最多得点を更新した大久保嘉人も、父の影響を強く受けていた。
「もし、サッカー選手になっとらんかったら、後を継いどったかもしれん」
福岡の郊外で生まれ育った大久保は言う。父がトラックの運転手だった。
「砂利を運搬するトラックで、助手席に乗るといろいろ連れて行ってもらえて。“動く家”みたいやった。休日には釣りに出かけて、重りや餌のつけ方を教えてもらって。マラドーナやペレのプレー集のビデオも買ってもらい、ずっと研究しとった。小倉にある大きなスポーツ店では、スパイクも買ってもらって」
父との結びつきは強かったが、甘えるような関係ではなかった。
「オトンもオカンも勝負事には厳しくて。負けず嫌いやったからね。『負けるなら、サッカーなんてやめろ』という感じで。でも、だからこそ、俺も負けず嫌いになった。サッカーでは何があっても負けられないという思いがしみ込んでいる。悔しいから、負けるのは誰にでも」
父は深い愛情を持ちながら、男として息子を突き放せるか
中学から国見へ進学するのだが、最初の50メートルで二人一組のトライアルに敗れた。悔しさで力が入らなかった。この時、見学に来ていた両親は慰めるどころか、無言で車に乗り込み、福岡へ戻ろうとし、大久保は自転車で必死に車を追いかけた。泣きながら叫び続けたが、「来るな」と怒られ、置いて行かれてしまった。再び、一人で悔しさに向き合ったという。
勝負への執着は、こうした瞬間に生まれるのかもしれない。あるいは、それで破裂してしまう人もいるだろうが、ストライカーとして勝負するには不条理に向き合う必要がある。慰められていたら、戦いの衝動は収まってしまっていたはずだ。
父は深い愛情を持ちながら、男として息子を突き放せるか。独特な男と男の関係と言えるだろう。そこで息子は歯を食いしばり、父の愛情を求める。そこに理屈は存在しない。
やはり、ストライカーを論理的に育てるのは難しそうだ。(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)
小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。