サッカージャーナリスト・後藤健生は、フリーランスとして自由に生きる。ただし、礼節を忘れることはない。地球の裏側アルゼン…

 サッカージャーナリスト・後藤健生は、フリーランスとして自由に生きる。ただし、礼節を忘れることはない。地球の裏側アルゼンチンにおいて、名門クラブのプレジデンテ(会長)を相手にも、自然体かつフォーマルに、インタビューをこなすのであった。

■中田英寿の同僚が…

 さて、インタビューの当日、オフィスの近くで通訳とフォトグラファーと待ち合わせてマクリ氏のオフィスに向かいました。フォトグラファーは、アルゼンチン在住のジャーナリスト、チヅル・デ・ガルシアこと藤坂千鶴さんのダンナさんのガルシアさんです。

 オフィスでマクリ氏の執務室の前で待っていると、先客の男性が出てきました。ビシッとスーツで決めた、非常に体格のいい男性でした。

 フォトグラファーのガルシアさんが言いました。

「見ろよ、バルボだぜ」

 あ、本当だ! 当時はセリエAのASローマに所属していたアルゼンチン代表FWのアベル・バルボです。僕はスカパー!でセリエAの解説もしていたので、ローマの試合を担当したことも何度もあって選手としてのバルボは見慣れていたのですが、スーツ姿だったのでガルシアさんに言われるまで気が付きませんでした。

 バルボは、翌2002年にボカに移籍してそこで引退することになるのですが、その相談でもしていたのでしょうか?

■プレジデンテがプレジデンテに!?

 さて、そのマウリシオ・マクリ氏ですが、その後2005年には国会議員となって念願の政界入りを果たすと、ブエノスアイレス市長を経て、2015年には大統領に就任しました。ボカ・ジュニオルズのプレジデンテが、アルゼンチン共和国のプレジデンテ(PRESIDENTE・DE・LA・REPUBLICA)になってしまったのです。

 かつて、インタビューをしたことのある人物が大統領になったというのは、僕にとっても感慨深いものがありました。

 前任のアルゼンチンで初めて選挙で選ばれた女性大統領、クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領の左派路線から親米で新自由主義的な路線に切り替えたマクリ大統領でしたが、結局4年後には左派候補に敗れて1期だけで退任となりました。ちなみに、マクリ大統領を選挙で破ったのが現職のアルベルト・フェルナンデス大統領。女性大統領だったクリスティーナは現在は副大統領を務めています。クリスティーナは2003年から07年までは夫のネストル・キルチネルが大統領だったので4年間ファーストレディーを務め、その後8年間は自らが大統領となり、現在は副大統領というのですから、なかなかすごい政治家人生です。

 ちなみに、歴代のアルゼンチンの大統領にはサッカークラブの会長を経験した人は多いようです。反対派が政権を握っている時代には公職に就けないことが多いので、サッカークラブの会長になることで民衆への影響力を維持するのが目的だそうです。

■インタビュー翌月に届いた驚きの一報

 さて、マクリ氏のインタビューですが、何を話したのか、内容はもうほとんど覚えていません。ただ、マウリシオ・マクリという人物は実務家肌で頭は良さそうだということだけは強く印象に残っています。

 それから、別れ際に「日本人で良い選手がいたら契約したいんだが、誰かいないかね?」と尋ねられたのを覚えています。

「またまた、リップサービスでしょう」と思っていたのですが、高原直泰がボカと契約を交わしたのは、そのインタビューの直後の2001年8月のことでした。本気だったんだ!

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