一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第5回はボクシング・寺地拳四朗 2021年も多くのスポーツが行われ、…
一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第5回はボクシング・寺地拳四朗
2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第5回は、4月にWBC世界ライトフライ級王座8度目の防衛に成功したボクシングの寺地拳四朗(BMB)が登場する。9月に王座陥落した1つ前の試合で、ある野次が飛んでいた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
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言葉が雑に投げつけられた。王者は集中力を高めながら入場。ガウンをまとったまま右拳を上げ、リングから四方に挨拶をしている時だった。
「クソガキー!」
4月24日、王者・寺地が挑戦者・久田哲也を迎え撃ったV8戦(エディオンアリーナ大阪)。2020年7月の飲酒トラブルが秋に公となり、処分明け最初の“みそぎ”の試合だった。ゴング前に客席の男性から飛んだ野次。騒動を踏まえてぶつけたのか、本人に届いたのかもわからない。激励を込めた声も多く飛ぶ格闘技。ただ、生で聞いた身としては、今回のものは冷たさを感じさせた。
寺地にとって1年4か月ぶりのリング。序盤は硬く、手数が少なかった。2回には鮮やかにダウンを先取。ワンツーでフック気味の右ストレートが相手の顎に炸裂した。歓声自粛のスタンドが沸き、思わず声を出させるパフォーマンスだ。結果は判定勝ち。採点は119-108、118-109、118-109の完勝だった。
だが、物足りない。覚悟を決めた挑戦者に押される場面も目立ち、本人も、ファンも満足できる内容とは程遠かった。打たせずに打つのが本来のスタイル。細かいフットワークで距離を取り、多彩なジャブやワンツーでダメージを与える。色白の童顔が返り血を浴びる様は実に猟奇的である。7度の防衛中には実績のある強敵に何もさせず、海外の評価も高まっていた。
圧倒的強さが隠れた背景には、心の余裕が関係していたのではないか。リング上の勝利者インタビューで見せた姿が胸の内を表現していた。
顔を歪め、鼻をすすりながら振り絞る細い声。マイクを手渡された時には泣いていた。「全然、聞こえねーぞ!」。拍手の合間、今度は厳しくも温かい観客の声が飛んだ。
「自分の不祥事で本当にたくさんの方にご迷惑をおかけしてしまいました。来てくれた方、ありがとうございます。こんな僕でも応援してくれたら嬉しいです。ボクシングを続けられて本当に幸せ……。これから恩返しできればと思います。これからもっと頑張っていくんで、また応援してくれたら幸せです」
「這い上がる姿」が美しいのもボクシングの魅力
アマチュア時代はボクシングの傍らボートレース選手を目指したが、試験に2度失敗。騒動の後は「ボクシングはもう終わったと思った」と覚悟した。世界王者になり、もうこれしかない。「変わらず応援してくれた方がたくさんいた」。周囲にも、試合を待たせた挑戦者にも何度も謝罪。ライセンス停止処分、社会貢献活動を経て再びリングに立つことを許された。
「負けたら人生終わりだった。負けられない。覚悟があった」。何事にも動じない、フワフワとした口調そのままの性格。つかみどころがなく、何度取材しても考えていることが読みづらい。そんなキャラクターだからこそ、素直に感情を露わにしたリング上の涙が印象的だった。
井上尚弥のようにKO街道をひた走る完璧な選手、村田諒太のように人間臭さを醸し出しながら決める豪快なKO、井岡一翔のように豊富な経験に裏打ちされた技術で勝ち切るスタイル。もはや好みの違いで、どれも一興がある。
被害者もいる自業自得の過ちを美談にするわけではない。でも、這い上がる姿が美しく表現されるのもボクシングの魅力の一つだと思う。
9月のV9戦(京都市体育館)、寺地は矢吹正道に10回TKOのプロ初黒星で王座陥落。具志堅用高氏の日本記録V13を超える目標は潰えた。2か月後の11月下旬、再起を表明。矢吹とのダイレクトリマッチに向かう見通しだ。
一度の失敗にあれこれ言う人はこれからもいるだろう。結果を出せば済むわけじゃない、という人もいて当然だ。それでも、結果を出すしか道はない。這い上がる姿を見せてほしい。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)