高校入学時に他校からも誘われるような選手がいたかと聞くと、和歌山東の米原寿秀監督は「いるわけないやん」と吐き捨て、こう…
高校入学時に他校からも誘われるような選手がいたかと聞くと、和歌山東の米原寿秀監督は「いるわけないやん」と吐き捨て、こう続けた。
「雑草魂ですわ」
和歌山県内で腕に覚えのある中学球児の多くは、名門の智辯和歌山や市和歌山へと進学する。智辯和歌山は言わずと知れた今夏の甲子園優勝校。市和歌山は小園健太(DeNA1位)、松川虎生(ロッテ1位)とドラフト1位バッテリーを輩出した伝統校。和歌山東へと進む選手は、その下のレベルにある。勉学面への自信はなく、米原監督の課す厳しい練習を覚悟して入学してくる選手がほとんどだ。

和歌山東の主将であり4番も務める此上平羅
そんな和歌山東がこの秋、快進撃を見せている。秋の和歌山県大会では準決勝で智辯和歌山を5対4で破る大金星。さらに和歌山2位で出場した秋季近畿大会では、初戦で八幡商(滋賀)を3対1で破ると、準々決勝では優勝候補の京都国際(京都)を3対2で撃破。来春の選抜高校野球大会(センバツ)への出場はほぼ確実な状況だ。もしセンバツ切符を手にすれば、創部12年目にして初出場となる。
過去には津森宥紀(ソフトバンク)、落合秀市(元06BULLS)、玉置隼翔(愛媛マンダリンパイレーツ)のようなドラフト候補がいた代もあった。彼らにしても、米原監督や南詞佳部長の根気強い指導で力をつけた経緯がある。今年はそんな有望選手はいないが、技巧派サイドハンドのエース、麻田一誠を軸に、打線は小技を駆使して得点をもぎと取る。
とくに攻撃面はバント、盗塁、ヒットエンドランだけでなく、打者がボールを叩きつけた瞬間に三塁ランナーがスタートをき切る「ギャンブルスタート」での得点も目立った。米原監督は冗談めかして「インチキ野球」と語るが、一朝一夕にできる芸当ではない。
主将であり4番打者でもある此上平羅(このうえ・たいら)に今年のチーム力について尋ねると「先輩と比べると、ポテンシャルは全然低いと思います」と苦笑してこう続けた。
「先輩たちには長打をの打てるバッターがいましたが、今年は少ないので足と小技で相手のスキを突く野球を目指しています。個々の力が低い分、チーム全員で相手に襲いかかろうという話をしています」
此上自身も主砲ながら送りバントや進塁打に徹するケースもあるが、「チームのためなので抵抗はありません」と語る。「弱者の兵法」と言えば聞こえはいいが、それだけで勝ち上がれるほど近畿大会は甘くない。和歌山東の戦いぶりには、技術を超えたたくましさがあった。
そもそも和歌山東は米原監督がゼロからつくり上げたチームだ。
前任の県和歌山商では2007年春に甲子園出場に導いたが、2010年に異動した和歌山東は軟式野球部から硬式野球部に移行したばかり。「最初の3年で卒業させたのは4人だけ」と米原監督は苦笑する。厳しい練習についてこられる選手が少なかったのだ。ボールは1ケースしかなく、周囲の助けを借りて少しずつ環境を整えていった。
「県和商の選手が2時間持つところ、東高の選手は15分しか集中力が持たない。だからだいぶ目線を下げました。最初は打つことばかり。楽しいことをずっとさせました」
ヤンチャ気質の選手に手を焼くことも珍しくなかった。それでも今年、近畿大会に出場すること4度目にして、初めてベスト4に進出。「自分たちの代は真面目な人間が多い」と此上が語るように、飛び抜けた個性派がいるわけではない学年が大仕事をやってのけた。それでも、米原監督は「この子たちだけの力では絶対にない」とOBや関係者への感謝を口にした。
大会中、米原監督は口癖のように「魂の野球」というフレーズを繰り返した。選手たちはその言葉に背中を押されるように、闘争心を前面に押し出して戦った。
県大会に先駆けて行なわれる9月の新人戦では、智辯和歌山に0対11で5回コールド負けを喫している。だが、此上は決して下を向かなかったという。
「監督さんから『1カ月で絶対に変われる』と言われていました。気持ちをき切らさんと、信じてやってきました」
試合中でも選手間で頻繁にコミュニケーションをと取るようになった。力をつけた選手たちは、1カ月後の県大会で智辯和歌山に競り勝つ。この試合を通して「やればできる」という思いが芽生えたと此上は証言する。
京都国際との大一番では、選手たちは米原監督に「150パーセントの魂の野球をやります」と宣言したという。試合中、苦しい場面が訪れると米原監督は「おまえらの150パーセントはそんなもんか!」と鼓舞した。
米原監督に「魂の野球」の真意を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「選手にはこう言っていました。『おまえらはこれまでの環境では力を出せていなかっただけや。おまえらの魂はそんなもんちゃう』と。使う選手、使う選手がみんな起用に応えてくれた。魂の野球ができたと思います」
10月30日に行なわれる近畿大会準決勝は、大阪2位から勝ち上がってきた金光大阪と対戦する。センバツ出場は有力とはいえ、試合内容が選考に大きくかかわるため気の抜けない戦いが続く。
劣等感をパワーに換え、大きく前進した和歌山東。その「魂の野球」はまだまだ止まらない。