サッカー新ポジション論第10回:偽9番サッカーのポジションや役割は、時代ともに多様化し、変化し、ときに昔のスタイルに戻っ…

サッカー新ポジション論
第10回:偽9番

サッカーのポジションや役割は、時代ともに多様化し、変化し、ときに昔のスタイルに戻ったりもする。現代サッカーの各ポジションのプレースタイルや役割を再確認していく連載。今回は話題の「偽9番」を紹介。センターフォワードの位置から下がってプレーするスタイルがなぜ機能して、効果的なのか。そこには深いカラクリがある。

◆ ◆ ◆



現在、マンチェスター・シティの偽9番として活躍する、フェラン・トーレス

<偽9番=名手の系譜>

 近年、ファルソ・ヌエベ(偽9番)を知らしめた代表選手と言えば、リオネル・メッシだろう。

 実は9番(センターフォワード/CF)よりも7番(右ウイング)のほうが多く、バルセロナでルイス・スアレス、ネイマールと組んだMNS時代は右ウイングだったし、現在のパリ・サンジェルマンでも基本的には右側だ。偽9番というよりむしろ偽7番かもしれない。

 現在、偽9番を採用しているチームの代表格は、マンチェスター・シティだ。かつてメッシをCFに起用したジョゼップ・グアルディオラ監督が指揮を執っている。フェラン・トーレスやラヒーム・スターリングなど、見るからにニセ感が漂う人選だ。

 偽9番の狙いは、前線を流動化させることでのチャンス創出であり、結果的に得点者の分散化につながる。バルセロナでのメッシはむしろ例外で、自ら空けたスペースに突入して得点を量産したが、偽9番本来のメカニズムは、9番に得点を依存しないほうにある。

 そのための仕掛けを持っている偽9番と、たんに9番のタイプでない選手がCFをやっているケースがある。さらに偽9番と同義で使われているゼロトップは、実質的にはほぼ存在しない。

 細かく分けると、機能性を持った偽9番、他のポジション適性のある選手がチーム事情で9番になっている場合、そしてほとんどないが前線中央に人を置かないゼロトップの3つになる。

 偽9番は名選手の系譜でもある。最初のファルソ・ヌエベとされているのは、「ラ・マキナ」と呼ばれた1940年代初頭のアルゼンチンのリーベル・プレートのアドルフォ・ペデルネラだ。

 5人編成のFWは、右がフアン・カルロス・ムニョス、インサイドライトにディエゴ・マラドーナが敬愛したというホセ・マヌエル・モレノ、インサイドレフトはラ・マキナの得点王アンヘル・ラブルナ、左ウイングにフェリックス・ロウスタウ、そしてCFに「偽」のペデルネラ。

 ペデルネラはもともとインサイドフォワードで、豪華絢爛たるチームメートに活躍の場を与える術を心得ていたようだ。「1人オーケストラ」と称賛され、5人の頭脳として活躍した。

 ペデルネラの後釜にはアルフレッド・ディ・ステファノが収まり、偽9番を引き継ぐとともに、やがてレアル・マドリードへ移籍してから黄金時代を築いて、このプレースタイルを世界的に有名にしている。

 偽の9番がいるということは、本物の9番もいる。真正9番は長身頑健なイングランドのCFが代表的だが、ヨーロッパ大陸の9番は必ずしもイングランド型ではなかったようだ。

 1930年代のスーパーチームだった、オーストリアのCFマティアス・シンデラーのニックネームは、「紙男」である。細身の技巧派で、DFの間をすり抜けていくドリブルが「紙」の由来とされている。

 1950年代に「マジック・マジャール」で知られるハンガリーのCFナーンドル・ヒデクチも元インサイドフォワード。ヒデクチの空けたスペースに得点力抜群のインサイドフォワード、フェレンツ・プスカシュとサンドロ・コチシュが入り込むというアプローチで一世を風靡した。

 1970年代には「ディ・ステファノの再来」と呼ばれたヨハン・クライフが、偽9番の系譜を継ぐ。そしてクライフは、監督として偽9番の機能性を確立した。

<偽9番のカラクリ>

 クライフは1988年にバルセロナの監督に就任すると、偽9番のカラクリを論理的に説いた。

 ペデルネラ、ディ・ステファノ、ヒデクチなどの偽9番は確かに偉大ではあったが、対戦相手は2バックないし3バックの時代である。CFが引き、相手のセンターバック(CB)がつられてマークに動けば中央はがら空きだった。

 もちろんカバーリングもあり、そう簡単な話ではないにしても、リベロ登場後の偽9番だったクライフが、先人たちに比べて難しい状況でプレーしていたのは間違いない。それでも偽9番として活躍できた理由があり、監督としてバルセロナにそれを伝えた。

 クライフ監督は3トップの両翼を高く張らせている。ウイングに合わせて相手のサイドバック(SB)はそこに固定される。そうなると中央の相手CBは、SBの位置以上に前に行くことはない。

 これで4バックをピン止めしておいて、CFが下がる。相手CBは深追いできないので、相手のディフェンスラインの手前に数的優位ができる。これでCFが前向きにプレーできる状態ができあがるわけだ。

 相手CBの1人が前に出てきた場合は、ウイングやMFが、相手CB1人になった中央を急襲し、相手SBが絞れば空いたサイドを突く。ウイングを使ったピン止めがポイントで、CBのミゲル・アンヘル・ナダルを右ウイングに置いたことさえあった。

 現役時代のクライフは主に左のハーフスペースに引いてパスを受け、フィニッシュへつなげていく、あるいは左に開いてウイングになるプレースタイルが得意だった。ロマーリオが加入するまで主に偽9番を務めたミカエル・ラウドルップは、ラストパスとドリブルの名手というところがクライフとよく似ている。

 ただ、クライフやラウドルップは得点を量産していない。偽9番という戦術自体が、他の選手に得点させるためのものなのだ。得点数で言えばペデルネラよりラブルナ、ヒデクチよりプスカシュであり、チャンス創出の増大と得点者分散化のシステムと言える。

<多才な9番のパターン>

 偽9番はゼロトップとも呼ばれるが、厳密に言えば少し違う。

 ゼロトップというシステムはほとんどない。CFはいるけれども、典型的な9番とは異なるタイプなのでゼロトップと呼ばれるだけだ。本当にCFの位置に選手がいないケースは、1982年スペインW杯でのフランスぐらいだろう。

 この時のフランスは4-4-2システムだった。2トップはドミニク・ロシュトーとディディエ・シス。ところが、この2人はストライカーというより典型的なウイングプレーヤーでどちらも外に開いていたため、前線中央に人がいない状態になっていた。

 空いている中央を使うのは、もっぱらMFのミッシェル・プラティニとアラン・ジレス。中盤は「四銃士」のプラティニ、ジレス、ジャン・ティガナ、ベルナール・ジャンジニで、構成は流動的ながらプラティニとジレスが前、ティガナとジャンギニが後方。前方の2人はプレーメーカーであるとともにチーム内で最も得点力に優れ、言わばダブル10番システムだった。

 ローマでのフランチェスコ・トッティは偽というより強力な9番で、プレースタイルはハンガリーでのヒデクチと似ている。

 守備時はトップに残り、縦パスをキープして的確に捌いてカウンターアタックの起点になる。キープ力とパスのうまさが抜群なので、味方が信用して後方からどんどん追い越し、結果的にトッティの位置が後ろになっている。追い越されるCFだ。

 攻め込んだ時はバイタルエリアで決定機を作り、自らもゴールする偽9番だが、もともとそこ(CF)しか置き場所がないというチーム事情で起用されていた。

 リバプールのロベルト・フィルミーノもこのタイプに近い。機能性というより、普通の9番より多芸多才な選手が、CFをやっているケースになる。