サッカー新ポジション論第8回:クロッサーサッカーのポジションや役割は、時代とともに多様化し、変化し、ときに昔のスタイルに…

サッカー新ポジション論
第8回:クロッサー

サッカーのポジションや役割は、時代とともに多様化し、変化し、ときに昔のスタイルに戻ったりもする。現代サッカーの各ポジションのプレースタイルや役割を再確認していく連載。今回は「クロッサー」という役割に注目する。昔から今も変わらず、ゴールのための有効な手段であるクロスをあげ続けてきた、選手たちの変遷と技術を紹介する。

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ゴール前の

「点」に高質のクロスボールを入れるデ・ブライネ

<クロスには不変の価値>

 クロスボールは時代を問わず、得点への有効なアプローチであり続けてきた。シュート地点がゴールから近くなり、多くはダイレクトシュートなのでGKが防ぎにくい。DFにとっても、サイドからあがってくるボールとマークする相手を同一視野に収めにくく、「ボールウォッチャー」になりやすい。

 人体が変化するか、ルールが大幅に改定されでもしないかぎり、こうした特徴は同じなので、クロスボールの価値は変わらないのだ。

 とはいえ、クロスボールの質自体はかなり変わってきている。

 1960年代あたりまで、クロスボールは山なりのフワリとした軌道が多かったようだ。当時の皮のボールは雨に濡れると重くなるし、シューズも固そうなブーツだった。用具の違いは、クロスボールの質と関係があったに違いない。ウイングが打ち上げたボールを、長身頑健なCFがヘディングで狙うのが定番のアプローチだった。

 低くて速いクロスで衝撃的だったのが、1958年スウェーデンW杯で優勝したブラジルのガリンシャだ。ドリブルで縦に突破し、戻りきれていないDFとGKの間にシュート性のクロスをねじ込み、ババやペレが至近距離でタッチしてゴールというパターンを量産した。

 ただ、ガリンシャのようなクロスがすぐに主流になったわけではなく、1970年代後半まではフワリとしたクロスボールが多かった。

 ボールの進化もあるのだろう。ライナー性のクロスを蹴る選手が1980年代から急増した印象がある。GKやセンターバックの空中戦能力が飛躍的に伸び、かつては敵なしだったイングランドやドイツもなかなか勝てなくなりつつあった。速いクロスは守備側に対応する時間を与えないので重宝された。

 1990年代になると、「クロッサー」と呼ばれる選手たちが台頭した。クロッサーはクロスボールを蹴る人であってポジション名ではない。プレーメーカーやストライカーと同じく役割を表した用語だが、意味は文字どおりでかなり限定的だ。

 クロッサーは主にサイドに位置する選手になるわけだが、もちろんクロスボールを蹴るだけではない。それなのにこういう呼び方をされていたのは、それだけクロスボールの優秀なキッカーへの需要が増してきたからだった。

 クロッサーの条件は、横回転のボールを蹴れること。横回転すればボールはカーブする。ただ、曲がることよりも重要なのは「落ちる」ことだ。ゴール前の味方FWは相手DFの背中にポジションをとる。DFとDFの間にいるFWにボールを届けるには、FWより手前にいるDFの頭を越さなければならない。

 DFの頭上を越えるが、その後ろにいるFWが触れる高さでなければならない。つまり、DFを越してFWに届くまでの2メートルぐらいの間にボールを落とす必要がある。

 無回転ボールでも落とすことはできるが、コントロールは定まらない。逆回転ボールでは速度が出ない。速くて落ちるクロスボールは横回転なのだ。曲がって落ちるボールを高精度で蹴る。その職人技の持ち主が、クロッサーとして重用された。

<クロッサーの最高峰ベッカム>

 90年代からクロッサーが重視されたのは、システムの影響もある。

 この時期の主流は、4-4-2か3-5-2だった。どちらも3トップ時代のウイングプレーヤーはいない。ドリブルで食い込んでのクロスではなく、スペースでパスを受けてタッチライン際から蹴り入れるクロスが多くなった。サイドバック、サイドハーフ(MF)、ウイングバックがクロッサーのポジションだ。

 クロッサーの最高峰はデビッド・ベッカム(イングランド)だろう。

 右足から放たれるクロスは放物線を描いて、ゴール前へ走り込む味方にピタリと合っていた。低くて速いアーリークロス、大きく曲がるハイクロス、フワリとしたチップ、ストレートの速い球筋など、種類も豊富で精度も格別。クロッサーの代表選手と言える。

 少年時代にボビー・チャールトンのサッカー教室で満点評価を与えられたベッカムは、止める、運ぶ、蹴るといった基礎技術が高かった。やがて、かつてチャールトンがプレーしたマンチェスター・ユナイテッドでデビューして、注目を集める。

 ベッカムのデビューにひと役買ったのがエリック・カントナ(フランス)だった。カントナは練習後に若手にクロスを蹴らせて、シュートする個人練習をよくやっていた。のちにベッカムは「練習で金がとれるレベルだった」と回想している。

 カントナのヘディングやボレーの技術は一級品だったが、それとは別のことに注目していた人物が、監督室の窓から練習を眺めていたアレックス・ファーガソンである。ファーガソン監督は、クロスボールの出し手(ベッカム)の技術の高さに驚いて1軍に抜擢したという。

 ベッカムは4-4-2の右サイドハーフとして地位を確立する。かつてのウイングのようなドリブル突破はあまりやらず、DFに寄せられる前にクロスを蹴ってゴール前の味方にピタリと合わせる。90分間に14キロも走る運動量、正確な技術とインテリジェンスを備えた逸材だが、華麗なクロスボール以外はけっこう地味なハードワーカーだった。

 ベッカムより少し前だが、アンドレアス・ブレーメもクロッサーとして名高い。1990年イタリアW杯決勝では、試合を決めるPKを成功させた西ドイツ(当時)の左ウイングバックだ。

 左足の高速高精度のクロスを得意としていたが、優勝を決めたアルゼンチンとの決勝戦のPKは右足で蹴っている。実は右利きなのだ。左足のクロスの印象が強すぎて、右利きとは全く気づかなかったファンも多かったに違いない。

<デ・ブライネの職人芸>

 現代も高質のクロスボールは重要な得点源だ。しかし、かつてのクロッサー・タイプはあまり見られなくなっている。

 あえて現代のクロッサーを探すなら、ケビン・デ・ブライネ(ベルギー)が第一人者だと思う。だが、デ・ブライネのクロスは、ベッカム、ブレーメ、あるいはロベルト・カルロス(ブラジル)、ガイスカ・メンディエタ(スペイン)といった、かつてのクロッサーとは少し違っている。

 タッチライン近くから長いクロスを蹴り込むのではなく、ペナルティーエリアの縦のライン近くまで進入してからの低いクロスが十八番だ。「ニアゾーン」「ポケット」と呼ばれるエリアからの仕事になっている。

 相手ゴールにより近づくことで、クロスのゴール前への到達時間は短くなり、距離が短い分、精度も期待できる。多くのチームがこのエリアへの進入を狙っていて、その効果を世界中に知らしめたマンチェスター・シティでは、定番の攻め手だ。

 デ・ブライネ以外の選手たちもポケットへ進入している。けれども、デ・ブライネ以上の威力を示している選手はいない。

 ボールとゴールを同一視野にとらえられない難しさがあるのだが、デ・ブライネは一瞬でゴール前の状況を読み取る目を持っている。そして決定的なのがクロスボールの質だ。体をひねりながら角度のついたキックを難なくこなす。

 右足のサイドキックは驚くほど高速で、相当無理な体勢でも精度が高い。DFとGKの間に打ち込むロークロスは、DFが一歩間に合わないが、背後の味方にぎりぎり間に合うコース、速度。かつてのDFの頭を越して落とすボールより、はるかに到達時間は短いが、職人的な感覚は似ているかもしれない。

 選手は自分のキックが届く範囲の状況しか見ないというが、デ・ブライネは高速高精度のキックゆえに、よりミクロな単位でボールを届けるべき「点」を見つけられるのだろう。