「オープン球話」連載第79回 第78回を読む>>【テレビ画面越しに「すごい度胸だな」】――夏の甲子園真っ盛りです。前回ま…

「オープン球話」連載第79回 第78回を読む>>

【テレビ画面越しに「すごい度胸だな」】

――夏の甲子園真っ盛りです。前回までは「サッシー」こと酒井圭一さんについてお聞きしましたが、今回からは「大ちゃんフィーバー」を巻き起こした荒木大輔さんについて伺います。1980(昭和55)年から1982年にかけての、甲子園の荒木投手についてはどんな印象がありますか?

八重樫 大輔についても、酒井と同じように夜のニュースで何度も見ていました。世の中は「大ちゃんフィーバー」で大騒ぎだったけど、僕自身はもっと身近な大スターを見ていたから、そんなに驚かなかったし、ピンとこなかったですよ。



1992年の西武との日本シリーズで、第2戦と第6戦に先発した荒木

――「身近な大スター」とはどなたですか?

八重樫 僕は高校時代に三沢高校・太田幸司(近鉄など)と同期だったんです。日本代表メンバーとして、彼とはいつも一緒だったけど、あの時の太田の人気はすごかった。大輔の比じゃなかったから。大輔がヤクルトに入団したおかげで神宮球場に若い女性が増えたし、マスコミも殺到したけど、僕の感覚では「幸ちゃんフィーバー」のほうが、ずっとすごかった印象があるんですよね。

――当時、荒木さんをファンから守るために、地下道を通って球場入りする、いわゆる「荒木トンネル」が話題となりましたね。

八重樫 確かに大輔が通る時はパニックになっていたから、地下トンネルを使っていたね。でも、僕は、荒木トンネルは使わなかった。球団からは「ファンが集まるから地下から行け」と言われていたけど、「なんでわざわざ地下に降りて、また上に上がらなくちゃいけないんだよ」って思っていたし、そもそも僕には関係ないと思っていたから(笑)。

――確かに当時、子どもながらに八重樫さんには近寄りがたかったし、実際に八重樫さんの周りにファンは殺到していなかった記憶があります(笑)。さて、荒木さんの「投手として」の印象はいかがでしたか?

八重樫 高校時代は、ひとつひとつのボールはそんなに大したことないのに、バッターに向かっていく気迫はテレビ画面越しにも伝わってきましたね。マウンド上ではオドオドしたところが全然なくて、ピンチの場面でもとにかく向かっていく。「すごい度胸だな」と感じていました。のちに大輔がヤクルト入りしてバッテリーを組んだけど、その姿勢はまったく変わらなかったですね。あれだけ気が強かったのは、ヤクルト投手陣で言えば安田(猛)さんぐらいじゃないかな?

【ブルペンと試合とでは正反対の人間になる】

――歴代ヤクルト投手陣でいえば、気の強さやマウンド度胸で双璧なのは、安田さん、そして荒木さんですか。

八重樫 安田さんはピンチの場面でも「打たれたらしょうがないや」って上手に開き直ることができる。大輔も「逃げて打たれるなら、逃げずに打たれたほうがいい」と考えるタイプでしたから。いずれにしても大輔の度胸のよさはピカイチでしたね。

――ヤクルト入りした当時、実際に荒木さんのボールを受けてみた時の感想は覚えていらっしゃいますか?

八重樫 最初の印象は「何で、こんなレベルのピッチャーを獲ったんだろう?」と思いました。失礼だけど(笑)。そんなにコントロールがいいわけでもないし、真っ直ぐが速いわけでもないし。ただ、カーブに関しては「キレのいいボールを放るな」と、練習では思っていましたけど......。

――じゃあ、試合ではどうなんですか?

八重樫 ゲームに入ると豹変するんですよ。180度違う。まったく正反対の人間になるんです。これまで関わったピッチャーの中で、ブルペンと試合で、あそこまで人間が変わるピッチャーは大輔以外にはいなかったですね。

――具体的には、どのように変わるんですか?

八重樫 まず、ボールの勢いが違う。マウンドに立って、18.44m先にバッターがいると、一気にスイッチが入るんでしょうね。打席に相手バッターがいる時と、いない時とでは気持ちの入り方が違うから、ボールの勢いにも差が出るんでしょう。極端にスピードが上がるというわけじゃないですよ。でも、重さ、伸び、キレが格段によくなるんです。

――それは何でなんですかね? 一気にアドレナリンが出るんですかね?

八重樫 やっぱり、そのあたりが甲子園のスターたるゆえんじゃないのかな? 高校1年の時から甲子園のマウンドで、実戦的な場面で培われたものなんでしょう。ピンチになればなるほどその傾向は強かったですからね。

――荒木さんは小学生の頃、調布リトル時代にすでに世界大会で優勝投手になっていますからね。

八重樫 えっ、そうなんだ。だけど、それなら納得です。

【大輔からは強気のリードを教わった】

――そうなると、八重樫さんにとっての荒木さんは、幼い頃からのマウンド度胸、相手に向かう気の強さなど、メンタル面で特筆すべきピッチャーだという印象なんですね。

八重樫 そうですね。ピンチの場面でのメンタル面の強さは並大抵ではなかったですから。僕も大輔に教わったことがたくさんあります。

――何を教わったんですか?

八重樫 あるピンチの場面で僕がサインを出したんだけど、大輔はずっと首を横に振って、マウンド上で不満そうな顔をしているんです。何度サインを出しても首を振るから、タイムを取ってマウンドに行ったんですよ。それで「どうして、このサインじゃダメなんだ?」と聞いたら、「逃げたくないんです」と。さっきも言ったように「逃げて打たれるなら、逃げずに打たれたほうがいい」と言うんだよね。

――カッコいいセリフですね。

八重樫 僕としては「甘くなって打たれるのが怖い」から、外にボール球を要求したんです。でも、大輔はそういう考えの男じゃなかった。それを聞いて、「そうか、大輔はそれだけ気持ちの強い男なんだな」と僕も理解したんです。それで本人の希望通りに右バッターのインコースにストレートを要求した。すると、ものすごくいいボールを投げるんですよ、これがまた(笑)。

――有言実行。ますます荒木さん、カッコいいですね。

八重樫 結局、バッターはどん詰まりの凡打。そういうケースは何度もありましたよ。だからピンチの場面になればなるほど、僕も強気のサインを出すようになった。印象としては、8、9割は大輔がきちんと抑えていました。キャッチャーとしても気持ちよかったですよ。大輔からはそんなことを教えてもらいましたね。

――なるほど。ピッチャーにとってマウンド度胸、攻める気持ちというのが、いかに大切かということがわかりますね。

八重樫 ですよね。大輔のエピソードはまだまだありますよ。次回は、長いリハビリ期間の話をしましょうか。

(第80回につづく)