サッカーを知れば知るほど楽しさの深みが増す、サッカー映画の最高峰『勝利への脱出』を知っていますか? 1981年の世界サッ…
■「世界最高のDF」が走る・蹴る・語る
それはともかく、『勝利への脱出』は、『地獄の前後半』からインスピレーションを受けつつも、雰囲気としてはまったく逆の、心躍る娯楽戦争映画、あるいはスポーツ映画として描かれている。さすがに、ジョン・ヒューストン監督が撮り、主役にスタローンを抜てきしたハリウッド映画の面目躍如である。
だが、ここまで読んでDVDレンタルショップに走ろうと思った読者には、「ちょっと待って!」と言いたい。サッカーファンにとっては、本当のお楽しみはこれからなのである。
フォンシュタイナー少佐を演じるのはマックス・フォン・シドーというスウェーデン出身のベテラン俳優(この映画の時点で52歳)であり、彼の提案を受けてチーム選びにかかる英国軍少尉コルビー役もマイケル・ケイン(当時48歳)という英国の名優である。この重厚な2人が、勇敢ではあるが八方破れのハッチを演じるスタローン(35歳)の脇をしっかり固めているものの、サッカーファンとしてそれ以上にこの作品で注目すべきが、選手役として出演した各国のスターサッカー選手なのである。
ペレはおくとして、最初から最後まで渋い演技としっかりとしたサッカー技術で見せるのがボビー・ムーア(テリー・ブレイディ役)である。言わずと知れたイングランド代表キャプテンで、1966年ワールドカップ優勝。1970年ワールドカップでは、ペレをして「世界最高のDF」と言わしめ、試合後の2人のフェアプレー精神あふれるユニホーム交換の写真は、世界のサッカー史に残る(この連載の第34回「1枚の写真」に詳細)。
そのムーアが最初から最後まで演技とプレーでふんだんに登場する。かなりのサッカーファンでも、ムーアのプレーはあまり見たことがない人が多いに違いない。ムーアは短い監督生活の後、テレビ解説者となり、1993年にガンのため52歳の若さで亡くなっているから、彼が話すのを聞いたこともない人が多いはずだ。この映画の撮影は彼が40歳のとき。ボール運びやインサイドキックでのパスの形は、まだ現役時代そのままだ。
■アルディレスの華麗なドリブルを見よ
試合は「ドイツ軍チーム」がキックオフから圧倒的に攻め、GKを務めた「素人」ハッチの拙守もあってたちまち4-0(この試合は、会場はパリだったが、ホームは「ドイツ軍チーム」で、アウェーは「連合軍チーム」だった。だから4-0である)となった。しかし「連合軍チーム」は前半終了直前に1点を返す。左サイドの突破からのクロスに対し、ファーポストまで駆け上がって右足インサイドで合わせてゴールに叩き込んだのが、ボビー・ムーア演じるブレイディだった。
通常、映画では、サッカーのプレーの場面も、時代劇の「殺陣」のように、「こうドリブルしたらこう抜かれる」「こうパスをして、突破をする」などの「筋書き」があり、それに従ってプレーし、撮影が進められる。しかしこの『勝利への脱出』では、どうやら役を振り当てられたチーム同士でかなり真剣にゲームが行われた形跡がある。試合の全シーンがそうというわけではないが、真剣にゲームをやっていなければあんなに自然な流れは生まれない。もちろん、左から入れられたクロスと、ムーアのシュートシーンの間には、何回かの「テイク2、3、4……」があっただろうが。
さて、そのムーアの1点の前に中盤でたくみにドリブルして相手を引きつけ、左サイドを突破させるパスを送るのが、アルゼンチン代表選手オスバルド・アルディレス扮する「カルロス・レイ」である。どう見てもスペイン系の名前だが、この大戦ではスペインは親独の「中立」ということになっており、参戦はしていない。いったいどこの国の人の設定だったのだろうか。
1978年ワールドカップ優勝の立役者のひとりで、後に清水エスパルス、横浜F・マリノス、東京ヴェルディ監督として大きな足跡を残すアルディレスは、この映画のとき29歳。イングランドのトットナム・ホットスパーでファンから熱愛される中盤のスターだった。そして映画公開の翌1982年にスペインで開催されたワールドカップでは、21歳のディエゴ・マラドーナを助けて中盤で奮闘する(ちなみにこの大会の彼の背番号は「1」だった)。
小柄で細いアルディレスだが、そのテクニックと流れるようなプレーは、サッカーファンにとっては、この映画の大きな見どころと言ってよい。後半にはドリブル突破で追撃の1点を決めるのだが、果敢にドリブルで突っかけ、ドイツ軍の2人がかりの反則タックルで吹っ飛ぶシーンは、とても指導された演技でできるものではない。
■百花繚乱。欧州サッカーのレジェンドたち
もうひとり、「若手」で活躍するのが、アルディレスからパスを受け、ムーアの同点ゴールにアシストしたノルウェー代表選手のハルバー・トーレセンである。ノルウェーがまだ国際的に強くはなかった時代だから、日本のファンにはあまりなじみのない名前かもしれない。しかしオランダのFCトゥエンテで活躍し、この映画の撮影が行われていたころにはクラブのトップスコアラーだった。当時24歳。明るい表情が魅力で、プレーの場面だけでなく、演技の場面でもチームのムードメーカーとして何回も登場する。彼の役どころはノルウェー兵士の「グンナー・ヒルソン」であり、チームにはノルウェー人の捕虜もいたことから、納得のいく配役ではある。
この映画を撮影したとき39歳。引退して1年以上たっていたものの、まだ鍛え上げられた体をしていて元気にプレーし、演技でも渋いセリフをはいていたのが、マイク・サマービーである。「シド・ハーマー」という英国軍人役だった。サマービーはイングランド代表としては出場8試合、1得点にとどまったが、1960年代から70年代にかけてのマンチェスター・シティきってのスターFWで、357試合に出場して47ゴールを決めている。ドリブルの名手として、非常に人気があった選手だ。この試合では、後半に左足で強烈なシュートを決めている。
「欧州組」では、ベルギーのスーパースターだったポール・バンヒムストも「ミシェル・フリュー」という役名で登場している。彼はアンデルレヒトで457試合に出場して233ゴール、ベルギー代表でも81試合30ゴールという記録を残し、ベルギー・サッカーの「レジェンド」という存在で、この映画のときには38歳だった。
もうひとり、欧州サッカーの「レジェンド」がいる。フルネームはヤコブス・ビレムス。だがオランダのサッカー界では短く「コ・プリンス」の名で知られている。アヤックスで活躍し、ドイツのブンデスリーガが誕生した1963年にはカイザースラウテルンに移籍してストライカーとしてスターになった。いわば、ヨハン・クライフに先立つオランダサッカーのシンボルだった選手だ。「ピーター・ファンベック」というオランダ人捕虜の役だった。
1938年アムステルダム生まれの彼は当時すでに43歳。すでに引退して6年が経過しており、体もだいぶ太くなっていた。ドイツ軍チームとの試合の序盤に相手のひどいファウルを受けて交代を余儀なくされるという役柄だが、オランダのファンにとっても、コ・プリンスのプレーや話し方を見る機会はもうない。彼は映画が発表されて6年後の1987年に心臓発作を起こし、49歳の若さで亡くなっている。