サッカーを知れば知るほど楽しさの深みが増す、サッカー映画の最高峰『勝利への脱出』を知っていますか? 1981年の世界サッ…

サッカーを知れば知るほど楽しさの深みが増す、サッカー映画の最高峰『勝利への脱出』を知っていますか? 1981年の世界サッカー界のオールスターが本気でプレーし、渋く演技を決めている。いまとなっては見ることのできないレジェンドたちの共演なのである。あのペレの、ボビー・ムーアの、美しく勇敢なプレーを堪能でき(アルディレスは20代とまだ若い)、役者っぷりまで楽しめる。もちろん、プレーの場面に手抜きはなし。オールドファンの涙腺はゆるみ、若きマニア心はメラメラと燃え上がる――。

■「ベッカムのように曲げろ」

オリンピックのサッカーはいよいよメダルを賭けたクライマックスだが、新型コロナウイルスの猛威はオリンピック熱とともに燃え上がり、昨年以上に「夏のレジャー」にはほど遠い季節になってしまった。こんなときは、家で映画でも見て過ごすしかないかもしれない。

 サッカーはこの地球上で最も人気のあるスポーツだが、その割にサッカーを題材にした映画はそう多くはないように感じる。英国ではフーリガンにまつわる映画がいくつかあるが、1980年代のフーリガンは社会問題に深く根差し、絶望感をもった若者が中心になっていたため、映画として描きやすいのではないだろうか。

 非常に異質で、娯楽性という面で抜群なのが、『少林サッカー』(2001年香港、チャウ・シンチー=周星馳監督)だ。少林拳とサッカーをミックスし、CGをふんだんに使ってとんでもないテクニックを駆使、痛快なアクションコメディーとなっている。

 私が好きなのが、『ベッカムに恋して』(2002年イギリス、グリンダ・チャーダ監督)である。インド系の女性監督チャーダの出世作で、インド系の少女が保守的な母の反対にもめげず、サッカー選手になる夢をかなえるという作品である。女子サッカー選手の夢と、現在のように女子サッカーというものが広く認知されていない時代に彼女たちが直面した困難を率直に描いているところが、私はとても気に入っている。

 ただ、この日本語タイトルは気に入らない。日本で公開されたのは2003年。前年のワールドカップでイングランドのMFデビッド・ベッカムが年代を問わず日本女性の心をわしづかみにしてしまった直後だったから、「恋して」というようなタイトルにしたのだろうが、原題は『Bend It Like Beckham』(ベッカムのように曲げろ)。主人公である18歳の女の子の部屋には、たしかにベッカムのポスターがあったが、それは純粋に「フットボーラー」としてのあこがれであり、恋心を抱いていたわけではない。このあたり、女子サッカーというものが認知されていなかった当時の日本の「雰囲気」もよく伝わってくる。

■あのペレやボビー・ムーアが本気でプレー

 だが今回私がお勧めしたいのが、『勝利への脱出』(1981年米英伊合作、ジョン・ヒューストン監督)である。こんなにすごいサッカー映画は前にも後にもない。なにしろ、『ロッキー』のシルベスター・スタローンと、あのペレ、ボビー・ムーアといった世界的なサッカーのスターが目いっぱい共演しているのだ。

 あらすじを書いてしまうと、これから見ようという人の意欲をそこなってしまいそうだが、サッカーファンとしての映画の見どころは「脱出」そのものではなく、本物のサッカー選手たちの演技やプレーにあるので、気にせずに書いてしまうことにする。

 時は第二次世界大戦の最中。ドイツ国内のある捕虜収容所。収容所幹部として着任したドイツ軍少佐が、収容所内で捕虜の楽しみとして行われているサッカーに目をつける。そしてそのコーチ役がウェスト・ハムの有名選手であったことを知ると、彼にドイツ軍チームとの親善試合の開催をもちかける。

「選手の多くは素人だし、こんなに栄養状態が悪く、シューズもウェアもない状況で試合なんかできない」と断る英国人コーチ(英国軍少尉)の「ジョン・コルビー」に対し、ドイツ軍少佐「カール・フォンシュタイナー」はそのすべてを与えることを約束し、試合開催が決まる。実はこのフォンシュタイナー大佐、1938年のワールドカップに出場した元ドイツ代表選手なのである。コルビーは試合に備えて選手の選考を始める。「栄養のある食事付き」という条件に、英国人だけでなく、さまざまな国籍の捕虜が集まる。

 そのなかにひとり、まるで素人の男がいる。それがスタローン演じる「ロバート・ハッチ」というアメリカ軍大尉だ。彼は彼自身が立てた収容所からの脱走計画を実行するためにはこのチームにはいる必要があり、サッカー未経験ながらセレクションに押しかけたのだが、当然のように断られ、最後は強引に「トレーナーとして採用しろ」と迫り、ようやく受け入れられる。

■下敷きとなった「伝説」の隠された真実

 ここで大きな問題が起きる。試合のことを聞きつけたナチの幹部が「これはプロパガンダに利用できる」と考え、収容所内で試合をするのではなく、会場をパリのコロンブ・スタジアムに移し、「連合軍チーム」との対戦相手を「全ドイツ軍選抜」すなわち「ドイツ代表」とすることを決めたのである。試合を企画したフォンシュタイナー少佐はこれを拒否するが、断り切れず押し切られる。

 これに対し、コルビーはひとつ条件を挙げる。彼がいる収容所だけでなく、ナチスが占領している東欧にも選手がいるはずだから探してきてほしいというのである。「ジュネーブ条約」によって人間的な生活を保証されたアメリカや英国などの捕虜と違い、東欧の人びとは過酷な状況に置かれ、公式には「捕虜」などいないものの、強制労働に従事させられていた。その状況をわかっているから、フォンシュタイナー少佐は「戦力にならないぞ」と言うが、コルビーは、悲惨な状況にあるならなおさら、東欧のサッカー仲間を助けたいと主張する。

 そうして試合の準備が進み、ついに選手団はパリまで移送され、コロンブ・スタジアムでの「国際親善試合」に臨むことになるのである。ところがその試合には、捕虜収容所の捕虜のリーダーを務める英国軍大佐が中心になって計画した「大脱走計画」が隠されていた……。

 この映画は、第二次世界大戦中にドイツ占領下のキエフ(ウクライナ)で行われたサッカーの試合を題材にした映画『地獄の前後半』(1962年ハンガリー、ゾルタン・ファブリ監督)を下敷きにしているという。ドイツ軍チームと地元のパン工場のチーム「FCスタート」の試合である。実はFCスタートは、地元の強豪クラブであるディナモ・キエフの選手を集めたチームで、ドイツ側から負けることを命じられていたにもかかわらず1942年の7月と8月にドイツ軍チームに連勝した後、ユニホーム姿のまま逮捕され、全員射殺されたという「伝説」が伝えられていた。

 しかしこの試合を丹念に取材した英国人ジャーナリストのアンディ・ドゥーガンは、その「伝説」が事実とは大きく異なることを発見し、『ディナモ~ナチスに消されたフットボーラー』(日本語訳千葉茂樹、晶文社2004年)を書く。その本によれば、この「伝説」がソ連による国家的な意図で曲げられたものであり、戦争を生き延びた選手がたくさんいて、亡くなった選手も、試合直後ではなく、だいぶ時間がたってからのことだったという。

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