底抜けに陽気な女子ボクサーが歴史の扉を開けた。ボクシングの女子フェザー級で、20歳の入江聖奈(せな)が決勝で2019年世界選手権覇者のネスティー・ぺテシオ(フィリピン)に判定で勝利し、日本女子史上初の金メダルに輝いた。ボクシング女子で日本…

 底抜けに陽気な女子ボクサーが歴史の扉を開けた。ボクシングの女子フェザー級で、20歳の入江聖奈(せな)が決勝で2019年世界選手権覇者のネスティー・ぺテシオ(フィリピン)に判定で勝利し、日本女子史上初の金メダルに輝いた。



ボクシング女子で日本女子初の金メダルを獲得した入江聖奈

 勝利が決まると、リングの上で両手を突き上げて、大好きなカエルのごとく、大きくぴょんとジャンプ。笑顔がはじける。ただ表彰台では、目には涙をためていた。

「(終わりは)何も覚えてなくて、気がついたら、君が代が流れていたんです。"ああ世界一になったんだな"って実感があって、ちょっと(目が)ウルウルしたと思います。夢みたいで。何度もほっぺをつねったんですけど、今も夢の中みたいです」

 両国国技館。入場曲は代表合宿の時に仲間が口ずさんでいたX JAPANの「紅」。入江が笑顔を振りまきながら会場に入ってくると場内の空気が変わった。陽気なのだ。ゲン担ぎの笑顔なのだが、「実は」と教えてくれた。

「内心は緊張でほっぺを引きつらせながらの笑顔なのでご了承くださ〜い」

 『トノサマガエル作戦』、これが伊田武志・女子強化委員長が考えてくれたこの日の戦略だった。そのココロは。

「全然、作戦の趣旨と名前はよくわからないけど、トノサマになるぞという強気の表れだと思います」

 相手のペテシオは過去2勝1敗の好戦的な左ファイターのベテラン。1ラウンドから得意の左ジャブで有効打を放ち、ポイントで優位に立った。勝負の3ラウンド目。最後まで足を止めず、的確な左ジャブ、ストレートを放った。入江の述懐。

「相手のパンチが強かったので、ほんと強気ということだけを意識して頑張らせていただきました。ジャブが当たっていた気がします」

 結局、トノサマガエル作戦が奏功し、入江は"殿様"、いや勝者になった。フットワークとジャブには自信を持つ。ジャブは男子ボクサーのYouTubeで動画を見て研究し、レジ袋に重りを入れてリストを鍛えてきたのだった。

「この1年間は本当にボクシングに捧げてきたので、なんか終わったという実感がまだわかないんです」。その努力が実っての金メダル。「光栄なことに私が(日本の女子ボクシング史上で)一番に金メダルを獲れたんですけど、私は逆上がりができないくらい運動オンチなので。そんな運動が苦手な子でも、努力を続けて(目標を)諦めなかったら何かつかむことができるよって教えてあげられたのかなと思います」

 鳥取県米子市出身。小学校2年生の時、ボクシング漫画『がんばれ元気』の影響を受けて地元のジムでボクシングを始め、2013年に全日本幼年アマチュアボクシング大会で優勝した。2017年には全日本女子ボクシング選手権を制し、2019年に日本体育大学に進学。2020年3月のアジア・オセアニア予選で東京五輪出場を決めた。

 座右の銘が『能ある鷹は爪を隠す』。趣味はカエル鑑賞という。練習がオフの日は近くの公園の池にカエルやオタマジャクシを探しにいく。オタマジャクシを見ると、「懸命に泳ぐ姿に励まされるんです」と説明する。

 次の目標は「世界選手権の金メダル」である。

 ただいま、大学3年生。ボクシングは「有終の美で終わりたいから」と大学いっぱいで引退表明。「ちょっと4年生からは就活もしないといけないので頑張ります。カエル関係で就職できたらいいんですけど、ネットで調べたら見つからなかったので、ゲームが好きなのでゲーム会社に就職したいと思います。以上で〜す」

 笑いが絶えない記者会見だった。優勝のご褒美をもらえるとしたら、と聞かれると、「とりあえず焼肉を食べたいので、両親にメチャクチャいい焼肉を食べに連れていってもらいます。タン一択で。以上で〜す」

 女子ボクシングの競技人口はまだ少ない。かつては女子ボクシングの普及を目標に掲げていたが、「私が金メダルを獲ったことで、メディアの方々にも取り上げていただけるチャンスが増えたと思うので、そこを入り口にして女子ボクシングが盛り上がっていったらいいと思います。以上で〜す」と言った。

 女子ボクシングの歴史の扉は? と聞かれると、入江は破顔一笑。

「ちょっと全開にしちゃったかなと思います。以上で〜す」

 天真爛漫。ひょうきんというか、天然キャラというか。しかも礼儀正しい。歴史を創ったファイターはどこまでも明るかった。