伝統的に野球界の「人材供給源」として有名なのは大阪だ。甲子園球場が近いという地の利も手伝ってか、ジュニア世代の野球熱が…

 伝統的に野球界の「人材供給源」として有名なのは大阪だ。甲子園球場が近いという地の利も手伝ってか、ジュニア世代の野球熱がとにかく高い。甲子園出場選手、プロ野球選手の輩出数は大阪が圧倒的に多い。

 そんななか、近年注目を集める人材供給源が福岡である。福岡の大物中学生が大阪桐蔭(大阪)、浦和学院(埼玉)、明徳義塾(高知)など、他府県の高校に進む例も目立っている。

 福岡の高校野球を見るたびに、その層の厚さに驚かされる。県内ベスト16クラスのチームには、最低ひとりは将来プロ入りを狙えるだけの好素材がいる。ある福岡の指導者に聞くと、「甲子園を確実に狙える常連校が少ないので、戦力が分散するからでしょう」という答えが返ってきた。

 今年の福岡もドラフト候補がひしめいている。投手なら、九州国際大付の山本大揮、柳川大晟のツインタワー。すでに進学希望を表明したものの、ゲームメイク能力が際立つ福岡大大濠の毛利海大。優れた球質がスカウト陣から評価される折尾愛真の稲川竜汰。県内屈指の進学校である福岡高にも、最速149キロをマークする井崎燦志郎がいる。

 野手も高校屈指のスローイング能力を武器にする福岡大大濠の川上陸斗、攻守にエネルギッシュな遊撃手である戸畑の藤野恵音も今年に入ってから脚光を浴びている。

 そんななか、今夏もっとも株を上げたのは真颯館のエース左腕・松本翔(かける)だろう。



最速146キロを誇る真颯館のエース・松本翔

 身長178センチ、体重82キロ。最速146キロをマークする松本は、真颯館が現校名(旧校名は九州工業高校)になってから初となる福岡大会決勝進出へと牽引した。

 7月25日、筑陽学園との準決勝で完投勝利を挙げた松本を間近で見て、衝撃を受けた。下半身の筋肉が高校生とは思えないほど厚く、発達していたからだ。

 驚いたのは私だけではなかったようで、別の記者から松本に分厚い下半身について質問が出た。すると、松本は下半身強化に力を入れてきたことを明かした。

「ひとつ5キロの重さのメディシンボールを両手にひとつずつ持って、70段の階段を上り下りするメニューがあるんです。上りは速く、下りはゆっくり。多い日には30往復していました」

 チームメイトからも「ケツでかいな」と驚かれるそうだ。重厚な下半身を手に入れたことで、しなやかな腕の振りがより生きるようになった。

 松本の投手としての最大の武器は、スピードガンの表示以上に速く見えるストレートだろう。体重移動がスムーズで、ボールを捕手寄りでリリースできる。

 本人は「リリースまでは脱力して、ボールを前で離す時に100パーセントの力を出せるようにするイメージ」と語る。140キロ前後の球速でも空振りが奪える要因は、ここにある。

 準決勝で対戦した筑陽学園は県内屈指の強打線だった。準々決勝では優勝候補筆頭の福岡大大濠を破っており、勢いにも乗っていた。筑陽学園の江口祐司監督は試合前、「松本くんとウチの打線の勝負」と見ていたという。

 かといって、大物打ちで攻めるわけではない。つけ込むスキがあるとすれば、松本の制球の不安だったと江口監督は明かす。

「揺さぶりをかけてボール先行になったら、動こうと考えていました」

 バントを仕掛ける際も、松本に捕らせるゴロを転がすよう打者に指示を出した。炎天下で少しでも松本を動かし、消耗させたかったからだ。だが、江口監督は「結果的に裏目でした」と語る。

「バント処理でも松本くんは一歩も動かずにさばいてしまう。ボールカウントが先行することもないし、こちらがリズムを変えようとしてもブレない。ごまかしが効かない、いいピッチャーでした」

「松本の制球が粗い」という評価は、かねてより県内外でささやかれており、本人も「フォアボールから崩れることが多かった」と認めている。今夏にかけて別人のような進化を遂げた要因を、松本はこう語った。

「フォアボールが多い時は投げる前から体に力が入ってました。でも今は投げる前は脱力を心がけています。飛ばしすぎず、緩めすぎず、8割くらいの力加減で。決めにいく時だけ全力で投げるようにしています」

 甲子園まで、あと1勝。すでにプロ志望を表明している松本は、「菊池雄星さん(マリナーズ)みたいなすごいピッチャーになりたい」と意気込む。次々に逸材を輩出する福岡に現れた、新たなサウスポー。その雄姿が甲子園で見られるかどうかは、27日11時プレーボール予定の西日本短大付戦にかかっている。