「フットボールの聖地」ウェンブリーで行なわれたユーロ2020準決勝は、地元の大声援を受けたホームのイングランドがデンマー…

「フットボールの聖地」ウェンブリーで行なわれたユーロ2020準決勝は、地元の大声援を受けたホームのイングランドがデンマークとの接戦を制し、イングランドサッカー史上初となる決勝戦進出を成し遂げた。

 前日に行なわれた準決勝イタリア対スペインに続く延長戦となったこの試合の明暗を分けたのは、1−1で迎えた延長前半終了間際のシーンだった。



イングランドは延長戦の末に初の決勝進出を果たした

 右サイドからドリブル突破を図ってボックス内に進入したイングランド代表FWラヒーム・スターリングに対し、ヨアキム・メーレとマティアス・イェンセンが挟み込むように寄せると、メーレがスターリングを倒したとして目の前で見ていたオランダ人ダニー・マッケリー主審は躊躇なくPKの判定。

 メーレの足がスターリングにかかっていたかどうかは、スロー映像で見ても微妙なところ。その後のVARチェックでオン・フィールド・レビューが行なわれなかったこと、スターリングがドリブルを開始したエリアに別のボールがピッチ内にあったことなど、敗れたデンマークにとっては不運が重なる格好となった。

 それでも、深い悲しみから這い上がり、ベスト4まで勝ち上がった今大会のデンマークの戦いぶりは、あらためて称賛に値する。エースのクリスティアン・エリクセンが一命を取り留めたことが何よりも重要だが、その後に彼らが見せたリアクションとアグレッシブかつ爽快なサッカーは、今回のユーロを語るうえでは欠かすことのできない大きなトピックになった。

 その原動力とも言えるのが、コロナ禍の昨年8月に就任したカスパー・ヒュルマン監督の采配ぶりだ。

 初戦は4−3−3だった布陣を、エリクセン不在となった2戦目(ベルギー戦)から3−4−2−1に変更すると、これが大当たり。戦況次第で4バックも使い分け、控え選手を大胆に起用しながら試合の流れを変える柔軟なベンチワークは、チームに攻撃性と勢いを生み出していた。

 この準決勝でも、中盤で劣勢を強いられていた後半67分に3枚代えを断行。結果的にその策が奏功することはなかったが、3−4−2−1から3−5−2に微修正してチームに活力を取り戻させようとする明確な狙いは見て取れた。少なくとも、守備面においては一定の効果が表れていた。

 惜しむらくは、1点ビハインドで迎えた延長後半を4−4−1で戦わなければならなかったことだろう。負傷したイェンセンが延長ハーフタイムに退いたことで、すべてのカードを切っていたヒュルマン監督も、さすがにお手上げ状態となってしまった。

 いずれにしても、この試合の前半30分に直接FKでスーパーショットを突き刺した21歳のミッケル・ダムスゴーを筆頭に、多くのサプライズを提供してくれたデンマークが今大会の主役のひとつだったことに変わりはない。まさに"オールアウト"と言うにふさわしい散り際も、好感度抜群だった。

 ただ、120分の激闘を振り返れば、勝者に値したのはイングランドであったことは間違いない。

 ガレス・サウスゲート監督率いる今大会のイングランドは、大会随一と言えるディフェンス力が最大の強み。事実、この試合で喫した直接FKによるゴールがこれまで唯一の失点で、それ以外に流れのなかから許した決定機さえなかった。準々決勝までの5試合をすべてクリーンシートで勝ち上がった安定感は、準決勝の舞台でも証明されたわけだ。

 際立っているのは、バック4だ。ハリー・マグワイアとジョン・ストーンズのCBコンビは強さとクレバーさを兼備し、右SBカイル・ウォーカーのスピードあふれるカバーリングは相手のカウンターを封じ、その分、左SBのルーク・ショーは思う存分に持ち味である攻撃力を発揮できる。

 彼ら4人に加え、これまで展開力など攻撃面の貢献が目立っていたボランチのデクラン・ライスとカルバン・フィリップスも、このデンマーク戦では高い守備能力があることを再認識させられた。それも含めて、この6人が形成する砦は難攻不落と言っていいだろう。

 攻撃陣では、グループステージから絶好調のスターリングがラッキーボーイ的存在となり、エースのハリー・ケインも決勝トーナメントに入ってからしり上がりに調子を上げ、気づけば4ゴールを量産。自力突破で変化をつける右ウイングのブカヨ・サカ、前線でアクセントをつけるメイソン・マウント、バックアップにもジャック・グリーリッシュ、フィル・フォーデンら充実の駒が揃う。

 たしかにスペクタクルとは言えないが、手堅さと効率性はビッグトーナメントを勝ち抜くうえで重要な要素となる。だからこそ、決勝までの道のりも危なげなかった。その姿は、まるで2018年W杯を制したフランス代表を彷彿とさせる。

 それを裏づけるかのように、指揮を執るサウスゲート監督の采配も実に手堅い。1点リードで迎えた延長後半、あえて途中出場のグリーリッシュを下げてキーラン・トリッピアーを送り出し、3−4−2−1にシステム変更したその采配は、まさに隙のない今回のチームを象徴するものだった。

 思い出されるのはユーロ96の準決勝で、地元イングランドがドイツにPK戦の末に涙を呑んだ日の記憶だ。あの夜、ウェンブリーから宿泊先ホテルに帰るために乗った地下鉄車両内で、悲しみにくれていた青年が涙を流しながらこちらに向かって叫んだひと言は、今でもはっきりと覚えている。

「これだけは覚えておけ! テリーは天才だってな」

 地元開催の1966年W杯で優勝して以来、ビッグトーナメントでは毎回ファンの期待に応えられずにいたイングランド代表は、ある種の"負け犬魂"のようなものが染みついていた。その大会のテーマ曲にもなった「スリー・ライオンズ」は、皮肉交じりにその歴史を歌った応援ソングでもあった。

 しかし、その大会ではテリー・ヴェナブルズ監督がベスト4に導いたことで、現地イングランドは空前の盛り上がりを見せ、多くの人々が熱狂した。おそらくその青年が流していた涙も、負けた悲しみよりも、感動と充実感によるものだと思う。

 あれから25年が経過した今回のユーロで、準ホスト国とも言えるイングランド国内はあの時以上の熱狂に包まれるはずだ。しかも、チームを初のファイナルに導いたのは、25年前の準決勝のPK戦でミスした5人目のキッカー、現指揮官サウスゲートだ。それも含めて、当時では想像もつかなかったドラマチックなストーリーも出来上がりつつある。

 果たして、天才テリーを超えたサウスゲートは初優勝に導けるのか。7月11日にウェンブリーで行なわれるイタリアとの決勝戦は、サッカーの母国にとっての一大決戦になる。