デビュー直後から、数々のベルトを獲得してきた林下詩美。2020年11月15日、岩谷麻優を破り、悲願のワールド・オブ・スターダム王座を戴冠した。通称、"赤いベルト"だ。「うれしさもあったんですけど、あの岩谷麻優からスターダム最高峰のベルトを…

 デビュー直後から、数々のベルトを獲得してきた林下詩美。2020年11月15日、岩谷麻優を破り、悲願のワールド・オブ・スターダム王座を戴冠した。通称、"赤いベルト"だ。

「うれしさもあったんですけど、あの岩谷麻優からスターダム最高峰のベルトを取ったんだから、『これからは私がスターダムの新時代を作っていく。先頭に立つ人としてやっていかなきゃ』という気持ちでした。これからに向けての気合がすごかったです」


インタビュー中に笑顔を見せた林下

 photo by photo by Hayashi Yuba

 この連載で、現在"白いベルト"(ワンダー・オブ・スターダム王座)を持つ中野たむは、スターダムのベルトについてこんなことを話している。「赤は技術のベルトで、白は感情のベルト」――。女子プロレスの魅力のひとつが、闘いに感情が出やすい点にある。であれば、「感情のベルトである白いベルトがスターダムの最高峰だと思う」と、中野は言った。

「いや、赤いベルトが最高峰ですよ。団体で一番強い人が取れるベルトです。でも、『白いベルトは感情のベルト』というのはわかる。中野たむとかジュリアとか、私とはまったく違うタイプの選手ばかりが取るような感じではありますね。"赤"はベルトを勝ち取りたいという気持ちが見える試合で、"白"は闘う人同士の感情やドラマが見える試合になっているかもしれない」

 2019年1月、林下はフューチャー・オブ・スターダム王座のベルトを返上した。理由は「赤白のベルトを狙いたいから」。その後、赤いベルトを含め、スターダムのベルトほぼすべてを獲得した林下にとって、どうしても手に入れたいのが白いベルトだ。しかし彼女自身、ひと筋縄ではいかないと考えている。

「私はほかの選手と比べても、感情が表に出にくいタイプなんですよね。中野たむとかは対戦相手が誰であっても全部の感情を出せる人なので、白いベルトを取るには私も全部を表に出して闘えるようにならなきゃいけないのかなと思います。私の中で、感情を出し切って全力で闘える相手は、まだ限られているんです」

 限られた相手とは、ジャングル叫女。「同じパワーファイターとして全力でぶつかり合えるし、信頼して全部を出せる」と話す。

 逆に、やりにくいのはどういった選手なのだろうか。

「技でいったら、関節技や蹴りが多い選手は、自分とはまったく違うタイプなので読めない部分はあります。白いベルトを取ってきたような、感情を出して闘う選手も少し苦手かもしれない」

 関節技と蹴りはまさに、林下が持つ赤いベルトを狙っている朱里が得意とするところ。

「苦手を克服しなければいけないですね。パワーファイターにラリアットされる、とかだったら相手の動きが読めたりもするんですけど、急に蹴られたりするとちょっとダメですね......。頭とか蹴られると、『そんなことしていいの?』と思います(笑)」

 感情を出す。関節技や打撃の技術を磨く。もはや完成されたようにも見える林下だが、本人はまだまだ課題があると感じている。

 しかし人はある時、あるきっかけで、劇的に変わることもある。スターダムの選手たちにとってそれは、2019年12月、ミラノコレクションA.T.がコーチに就任したことだった。

「ミラノさんが持っている知識を全部教えてくれる形で、基礎も改めて教え直してくださいました。ちゃんとひとりひとりに、『この人はここ』と指摘してくださる方なので、ミラノさんがコーチになってから選手全員のレベルが上がったと思います」

 ミラノの教え方は極めてロジカルだという。プロレスラーの練習は感覚的なイメージがあるが、ミラノは1から10まですべて言葉で説明する。手本を見せて、「ここがこうだからこうなって、今のはこうなった」という具合だ。できない選手には、なぜできないのか納得いくまで説明する。全選手の全試合をチェックし、だれかひとりを贔屓するのではなく、全員を平等に伸ばそうとしているという。

 ミラノのコーチ就任以降、スターダムの選手たちは見違えるように変わった。林下も例外ではなく、もともと持っていたパワーと技術がブラッシュアップされ、さらに、繊細な表現力が加わった。相手に関わらず感情を出し切って闘う感覚も掴みつつある。


数々のタイトルを獲得してなお、進化を遂げていく(写真/

「スターダム」提供)

 今年4月4日、大田区総合体育館大会で、林下は"最強外国人選手"と呼ばれるビー・プレストリーと対戦。激闘の末、赤いベルトを防衛した。

「ビーは体も大きいし、力も強いし、試合中の発想もすごい選手。私が初めて赤いベルトに挑戦した時の相手がビーで、その時は惨敗したんですけど、再戦してみてやっぱりものすごく強くて、勝った私がボロボロになったくらい攻め込まれました。同じユニットの時はよく一緒に遊んだりして、思い出もたくさんある選手。そのビーと全力を出し合って闘えたのはすごく楽しかったですね」

 試合前、ビーは林下のことを「ショッパイ」と言っていたが、どう感じていたのか。

「シンプルに腹は立ちますが、ビーは本当にすごい選手なんだから、そんなつまらないことを言わないで、堂々と強くカッコよくしてればいいのになあと思っていました。『そう言うことで、ビーがしょっぱくなっちゃうよ』って」

 ビーは試合後のマイクで、突然「スターダム、ラストマッチ」と宣言。渡辺桃をリングに招き入れ、「I love you, Utami. I love you, Momo」と泣きながら2人を抱き締める姿は美しく、客席のあちこちからすすり泣きが聞こえてきた。

「これから先、ユニットは違うけれどお互いどんどん高め合っていける選手だと思っていたのに、急にラストマッチと言われてしまって......。あの試合が最後になってしまったのは本当に悲しかったです。最後の相手を務められたことを誇りに思って、ビーの分までこれからも赤いベルトのチャンピオンとして頑張らないといけないと思いました」

 最強外国人選手であるビーを倒し、赤いベルトの価値はさらに高まった。「世界の林下詩美」という意識も強くなったというが、プレッシャーはないのだろうか。

「みんなに『いつも余裕そうだね』って言われるんですけど、プレッシャーは感じるほうなんです。リングを降りたらいろんなことを考えちゃう。だけど、『私なんて......』と思っているようなプロレスラーは強くなれないと思うし、自分がファンだったらそんなレスラーを応援したくない。リング上ではとにかく『私が世界で一番。強くてカッコいい!』と思って闘うようにしています。お客さんの前では、弱い自分は見せたくない」

 赤いベルトを巻いている以上、自分がスターダムのトップ。試合に勝ち続けていくのはもちろん、スターダム、そして林下詩美という選手をたくさんの人に知ってもらいたい。「知ってもらえるように頑張ることが、今の私の仕事」と話す。

 特に女性や子供にプロレスを広めたいという。

「私が最初、プロレスにそんなにいいイメージがなかったように、今もそういう人が絶対にたくさんいると思うんです。プロレスのすばらしさを伝えたいですし、『こんなに楽しくて元気になれる、強くてカッコいい女子レスラーもいるんだよ』って、女性や子供たちに知ってもらいたいですね」

 この連載では「強さとはなにか?」を探っている。林下にとって、強さとはなんだろうか。

「結果を出す強さもそうなんですけど、リング上で誰よりも輝いていて、存在感のある人は強いと思います。私がファンの頃に見たプロレスラーは、私のつまらない生活も、楽しいと思わせてくれるような存在感があった。私もそういうプロレスラーになりたいです」

 林下が指名した次回の"最強レスラー"は、ジュリア。

「リング上で輝いていて存在感もありますし、発信力もある。スターダムに来たばかりの時(2019年10月までアイスリボンに所属)はブーイングのほうが多かったんですけど、今はそんなことをする人もいなくなった。カリスマ性のある選手です。感情をすべて出して闘えるのは、すごく羨ましい。私にないものをたくさん持っています」

 インタビューを終え、ふと、林下が注文したアイスロイヤルミルクティーに口をつけていないことに気がついた。慌てて飲むように促すと、「すみません......ガムシロップいいですか?」と言って、もじもじと3つ手に取った。「1つにしようかなと思ったんですけど、普段3つ入れるので、3つないとと思って」と照れ笑いを浮かべる。こういう時の彼女は、本当にいい顔をする。美味しそうに甘いアイスロイヤルミルクティーを飲む彼女を眺めながら、「リングにガムシロップを持ち込めば、感情をすべて出せるかもなあ」と、私はぼんやり考えた。

 キャリア2年10か月――。林下詩美はまだまだこれから、強くなる。

(ジュリアのインタビューにつづく)

【プロフィール】
■林下詩美(はやしした・うたみ)
1998年9月14日、静岡県湖西市生まれ。166cm、65kg。テレビ朝日系ドキュメンタリー番組『痛快!ビッグダディ』に、ビッグダディ三女として出演。高校卒業後、飲食の仕事をしながら妹たちの学費を払い終えたのち、スターダムに入門。2018年8月12日、後楽園ホールでデビュー。同年9月に「5★STAR GP」準優勝、11月に「ゴッデス・オブ・スターダム王座」を戴冠し、2018年度プロレス大賞新人賞を受賞。翌年以降も数々のタイトルを戴冠。2020年11月、岩谷麻優を破り「ワールド・オブ・スターダム王座」のベルトを巻いた。現在、V4。Twitter:@utami0914