糸を引くようなストレートが捕手のミットに収まる。細く、そして長く伸びる一筋の“光芒”のように……。慶大の左腕、増居翔太…
糸を引くようなストレートが捕手のミットに収まる。細く、そして長く伸びる一筋の“光芒”のように……。慶大の左腕、増居翔太投手がマウンドに上がれば、奪三振ショーが始まる。東京六大学野球リーグ、今季初戦の法大戦では7回を投げ、11奪三振。7回1失点で勝利投手に。そのうち8個は直球での空振り三振だった。16日の立大戦でも7回3安打1失点の好投でリーグ単独トップの4勝目を挙げた。
目を奪われるのはその球速。身長171センチ、68キロとリーグの投手の中では決して大きくはないが、マウンドでは堂々としている。スリーウォーター気味のフォームで常時、直球は130~40キロ。それでも、打者は振り遅れ、「なんでバットに当たらないんだ」とばかりに首を傾げながらベンチに下がっていく。そんなボールを操る。
「スピードガンの数字もある程度は大事だと思うんですけど、それ以上になってくると、やっぱりコントロールと球のキレでいかに速く見せるかというのが大事になってくると思います」
投球の際は無駄な力を抜き、リリースの時に指先に100%の力を伝えることを意識する。そこから放たれるスピンの効いたボールは、伸びが生まれ、打者は球速表示以上に感じる。110キロ台のカーブや、チェンジアップなどの緩急も駆使し、直球をより際立たせる。
頭脳明晰な左腕の“数式”に、150キロ=速いという解はない。憧れの投手は同じ東京六大学の舞台でもプレーしたソフトバンクの和田毅投手を挙げる。和田も高校時代から140キロ前後のストレートをいかに速く見せるかに特化し、40歳を過ぎても一線で活躍する大投手だ。そんな和田を好きな理由に「球が速いから」と答えたところに増居自身の“速さ”の定義が伺えた。
「スピードと勝負しても仕方ないので、バッターがどういう反応をしてくれるか、そういうところで和田投手のストレートはとても速い部類に入るのかなと個人的には思っています」
自身の最速は1年秋に記録した146キロだが、今は球速は追い求めていない。それよりもフォームのバランスや制球に重きを置いている。スピード全盛の時代にこういう投手がいるのは魅力的だ。

1年春から中継ぎを中心にリーグ戦のマウンドに上がり、今季からは本格的に先発へ。森田晃介投手(4年)に続いて、2戦目を任されている。ここまで4試合に先発し、26イニングを投げわずか4失点。防御率1.38と抜群の安定感を誇る。テンポのいい投球に、打線も応え、ここまでリーグで唯一4勝を挙げている。当然、プロのスカウトも注目しており、来年のドラフト会議の行方も気になる。
しかし、増居のこれまでの野球人生で「プロ野球選手になる」と公言したことはない。理由は「僕自身、先を見過ぎてやると、目の前のことに集中できなくなる傾向があるので……」と学業との両立も含め、一歩一歩、段階を踏んでいくことの方が重要だ。

興味深いエピソードもある。彦根東(滋賀)の3年時、第90回全国選抜高校野球選手権大会の3回戦の花巻東(岩手)戦に先発すると、最速140キロながら9回までに14奪三振でノーヒット投球を続けた。味方の援護に恵まれず、延長10回に得点を許して敗れたが、「9回ノーヒットノーラン」は甲子園に強烈なインパクトを残した。
選抜では同級生の大阪桐蔭・藤原恭大(ロッテ)や根尾昂(中日)が活躍。上のレベルがどれだけ凄いかを肌で感じたが故に、自分がそんな夢は語れなかった。各メディアからの質問、アンケートで「将来の夢は?」と聞かれた時は「B'zのライブに行くことです」と、就きたい職業ではなく、現実的な夢を答えたという。あれから3年が経った今「ライブは見にいくことができたので、もう叶いました」と笑う。(ちなみに慶大野球部の公式ホームぺージの将来の夢は「しっかりとした大人になる」と書いてある)。
一歩ずつ、そして着実にが増居翔太の生き方なのだ。
世代を問わず愛される国民的アーティストの名曲の中で好きな1曲は「光芒」だという。残すは早慶戦。初戦こそ法大に敗れ暗いスタートだったが、そこから7連勝で優勝への光が、雲の隙間から筋になって慶大に照らされた。1勝でもすれば、3季ぶり通算38度目の優勝が決まる。チームに勝ちをもたらす増居の直球はまさに慶大にとっての光となっている。
(Full-Count/上野明洸)