その国のサッカーを育むものは何か——。そこに素敵なスタジアムの存在が大きな役割を果たすことに、議論の余地はない。ファン…

その国のサッカーを育むものは何か——。そこに素敵なスタジアムの存在が大きな役割を果たすことに、議論の余地はない。ファンやサポーターはスタジムとともに育ち、歌と声援によって選手やチームを強化し、クラブを発展させる。それはリーグ全体の発展に寄与することとなり、ひいてはサッカー国力の向上にもおおいに貢献するのである。良いスタジアムの効用はかくも大きい。今回は、日本サッカーの強化の一翼を担うサッカー専用スタジアムについて——。

■観客スタンドがピッチに近い競技場

 今回の話は、横浜F・マリノスFC東京、そして川崎フロンターレのファン・サポーターを多少不愉快な思いにしてしまうのではないかと心配している。いや、3クラブだけではない。現在のJリーグ・クラブ57のうち、実に30クラブのファン・サポーターを敵に回してしまうかもしれない。陸上競技型のスタジアムが、いかにサッカーの観戦に向いていないかという話だからだ。

 1972年、東京の北区、赤羽からそう遠くないところに「西が丘サッカー場」が誕生した。当時、私は大学3年生だった。最寄り駅は、都営地下鉄「6号線(現三田線)」の本蓮沼(もとはすぬま)。巣鴨から高島平まで走っていた6号線がこの年の6月に日比谷まで延びたおかげで、都心からのアクセスも抜群だった。

 1971年4月に起工式が行われ、わずか15カ月で竣工。将来的に3万人規模のスタジアムにできるよう、チーム更衣室や本部などの諸施設は南側のゴール裏スタンド下に集められ、他の3方のスタンドは土盛りの上にコンクリートで段々をつけるという形となった。そしてやや異例と言っていいこの形が、西が丘をサッカーの魅力をフルに楽しませるスタジアムにすることになる。

 西が丘は、メインもバックも観客席の最下部はグラウンドと同じレベルにあり、タッチラインからわずか数メートルの距離で試合を楽しむことができる。南側のゴール裏に設けられた本部などの諸施設は、ピッチレベルから1.5メートルほど掘り下げられてつくられており、その上に置かれた観客席も十分ピッチに近かった。

 興味深いことに、「西が丘サッカー場」の「こけら落とし」はサッカーの試合ではなかった。7月26日、ホッケーの日本対スペインの国際試合だった。だが1カ月後の8月25日、待望のサッカーの試合が行われる。日本サッカーリーグ(JSL)の東西対抗、オールスター戦だ。午後7時キックオフ。待望のサッカー専用競技場での初試合。満員の1万人の観客が見守るなか、前半終了間際に西軍のFW釜本邦茂が先制点を決めた。後半は点の取り合いとなり、西軍が4−2で東軍を下した。

■プレーを満喫できたのはサッカー専用だったから

 釜本の先制点は、GKからのパスを受けて中央突破、ゴールまで30メートルの距離から思い切り左足を振り抜いて叩き込んだものだった。北側(スコアボード側)のゴール裏スタンドに陣取っていたファンは、うなりを上げて飛んでくる釜本のシュートに、思わずのけぞった。ピッチとの距離が近いため満員の観客がはいっていても選手たちの声や息づかいまで聞こえ、迫力満点の試合にファンは酔った。

 後半、あっという間に2失点し、0−3と差を広げられると、東軍の選手たちの闘志に火がついた。FWの杉山隆一(当時31歳)が同じFWの永井良和(当時20歳)に叱咤の声をかけると、スタンドが大きく沸いた。

 私に強い印象を残しているのが、翌1973年の秋の、ある試合だ。前年に藤和不動産(現在の湘南ベルマーレ)にはいってセンセーションとなったセルジオ越後は、この年、大阪商業大学から加入した名MF古前田充を得てさらに輝かしいプレーを見せていた。西が丘で行われたその試合の後半、セルジオが私の目の前、メインスタンド側のタッチライン(藤和にとっては左タッチライン)際でボールをもち、マークする相手と対峙する……。

 古前田は、セルジオの真横、やや右サイドよりのポジションをとっていた。そしてセルジオがボールをもつと、古前田は、声を出すでもなく、右手を頭上に上げてひらひらと振った。その瞬間、セルジオは右足で小さくワンステップを踏んで左足を振り、40メートル離れた古前田の足元に寸分の狂いもなくボールを落としたのである。古前田はボールを見る必要もなかった。右足のインサイドに、セルジオのけったボールが勝手に吸い付いてきて、顔を上げたままの古前田は前線の選手たちの動きを見ていた。

 このプレーのすごさを体感できたのは、まさに西が丘だったからだ。私は、前から2列目に座り、セルジオとほぼ同じ高さでプレーを見ることができていた。だからこそ、ボールをもち、相手と対峙した状況でのセルジオの驚異的な視野の広さと、瞬間的な判断、そしてキック技術の高さを実感することができたのだ。

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