「勇気を与える」は「嫌味にしか聞こえない人もいる」、新谷仁美の客観的な目線 陸上の東京五輪テスト大会「READY STEADY TOKYO」が9日、東京・国立競技場にて無観客で行われ、女子5000メートルでは新谷仁美(積水化学)が15分18…
「勇気を与える」は「嫌味にしか聞こえない人もいる」、新谷仁美の客観的な目線
陸上の東京五輪テスト大会「READY STEADY TOKYO」が9日、東京・国立競技場にて無観客で行われ、女子5000メートルでは新谷仁美(積水化学)が15分18秒21で5位だった。コロナ禍で開催可否に揺れる東京五輪。反対デモも行われる中、希代のランナーはレース後、16分間に渡って様々な思いを打ち明けた。迷いのない言葉を可能な限り伝える。
率直な胸の内を報道陣を通して伝えた。新谷の言葉に迷いはない。明るい性格を表すように、時折冗談を交えながらあっけらかんと話す。ソーシャルディスタンスがとられた国立競技場のスタンド下通路。息を切らした1万メートル日本記録保持者は、レースに関する話を終えると、賛否両論を受け止めながら真っすぐに自分の意見を語った。
この日は会場周辺で五輪開催に対する反対デモが行われていた。
「ニュースで拝見しました。コロナに関係なく、スポーツに対してネガティブな意見を持つ人は当然いるんです。その人たちの気持ちにどう寄り添えるかが重要。それはコロナ禍であっても、そうじゃなくても、当然そこは寄り添うべきだと思う。彼らも同じ国民。私たちスポーツ選手は国民の理解と応援、サポートがあって成り立つ職業です。
反対する人、応援してくれる人すべての理解を得るために、やっぱり寄り添う必要がある。国民の意見を無視してまで競技をするようじゃ、それはもうアスリートじゃない。応援してくれる人たちだけに目を向けるようじゃ、私は胸を張って『日本代表です』とは言えないです。
自分たちさえよければいいというのであれば、本当に通用しないと思う。そこはやっぱり私たちアスリートが応えていかないといけない。競技で結果を出して『じゃあいいよね』っていうわけではない。しっかり自分の言葉で自分の意思を伝えることが大事だと思います」
あくまで持論であり、他の選手に強要しているわけではない。日本記録を持つ1万メートルで代表に内定済みの33歳。新谷にとって「寄り添う」とはどういう形なのか。14年に一度引退し、4年間のOL生活を経験。アスリートじゃなくなった時期があったからこそ、スポーツ界の“外”の意見も知っている。客観的な目線だった。
「結果を出していればいいという選手の気持ちもわからなくはないのですが、やっぱり結果だけじゃ伝え切れないのもあると思うんです。結果を出したら勇気や元気をもらえるのか。たぶん、私が逆の立場だったらもらえないんですよ。現実問題、スポーツで世界を救えるのならもうとっくに救えてます。だからといって、アスリートがペコペコして渡り歩く必要はないんです。
ただ、結果を出したからといって偉いわけではない。やっぱりそういうのがアスリートには目立つのかなと凄く感じました。人によっては嫌味にしか聞こえない時もあるんです。嫌だと思う人は当然いる。そういう見えないところ、スポーツに対してネガティブに思う人たちに視線を向けることが重要。私はOL生活を4年間続けたことで、この人たちの意見を聞くべきだと思いました。意見を聞いて『変えていこうか』って直すことを心掛けています」
レースの裏側で見た選手の甘さ「こういうところだよ!って思う」
五輪開催に対する反対意見はどういう形で耳にし、目にするのか。池江璃花子はSNSのダイレクトメッセージ(DM)などで、五輪の出場辞退を求める声が届いた。新谷はツイッターのDMの受信をオフにしているが、インスタは「イケメンから来るかなと思って」とオープンに。冗談を交えて報道陣を笑わせ「(反対意見に負けずに)頑張ってくださいという心配の言葉をもらったりします」と明かした。
この日は、様々な感染対策が徹底して行われた。選手らはPCR検査を求められ、体だけでなく道具も1度の使用ごとに消毒。ウイルスを「持ち込ませない」「持ち出させない」を徹底している。しかし、新谷は練習場で見た選手の姿が気になった。十分な感染対策に納得しつつ、喝を入れるように語気を強める。あえて伝えているように感じさせた。
「私は神経質なので、ちょっと気になるのがあって。走る時やアップ以外の時、休んでいる選手はマスクをつけないといけない。サブトラックでそういうアナウンスがあるんです。でも、マスクをしていない人がいる。そこはしてほしい。見た目だけでもいいんですよ。苦しいのはわかるんです。私だって苦しいし、マスクを外したい。
でも、日本はこういうルールで頑張りましょうと言って、世界に向けてやっているんだから。アスリートが散々悪く言われているわけじゃないですか。『こういうところだよ!』って思っちゃうところがありました。小さいところでもしっかり気をつける。塵も積もれば山となるじゃないけど、他の選手にも気を使っていただきたいなと思います。
選手を守る意味でも、日本を守る意味でも、そういう小さなことが大事。こんなことを言ったら、巷でいうマスク警察みたいになってしまうんですけどね(笑)。それ以外はスタッフの方も徹底されていますし、競技場内でルールは本当に守られている。本当に十分なくらいに徹底されています」
五輪中止を求める人が選手に直接意見をぶつけることに対し、池江は「苦しい」とSNSにつづった。新谷はどうなのか。アスリートにとっても厳しい状況下。苦しくなることはないですか。そんな質問が飛んだ。
「いや、苦しいですよ。正直、今年に入ってからはやっぱり振る舞い方を考えています。五輪開催に関して、命より大事なことはないので命を優先的に考えてほしいという思いもあります。ただ、アスリートとしてどういう答えが望ましいのかというのはわからない。今年に入ってからは、本当に悩んでいます。
ただ、アスリートというものは、それを見せたらいかんだろうなと思います。それを見せないように結果を出すところが、本当に皆さんが求めているようなアスリートだと思う。そこは悩んでいようが、故障していようが結果に影響させないような走りをしないといけない」
何重にも折り重なった複雑な胸中。五輪開催を望むような言葉が一度もなかったのは、反対意見を「無視できない」からだろう。万人が納得する答えはないかもしれない。16分を超えた取材対応。「すみません、語ってしまって」。額の汗はとっくに引いていた。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)