パラリンピック・イヤーの2021年田中愛美選手が思うこととは!?「何よりやりた…

パラリンピック・イヤーの2021年
田中愛美選手が思うこととは!?

「何よりやりたいことをしっかりできるように」
2020年、東京パラリンピックに向けてのインタビューをした際に、そう語っていた田中愛美(ブリヂストンスポーツアリーナ)。出場圏内のランキングを維持し、計画を立てていたのだが、ご存知のとおり、新型コロナウイルスによるパンデミックの問題で、昨年の大会は延期となってしまう。目の前にあった目標が一度経ち消えてしまったわけだが、彼女はすぐに切り替えたと言う。
今回のインタビューでは、昨年のこと、そして今年の大会に向けてなどを聞いた。

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パラリンピック延期が決まり
「もうちょっと経験が積めた
状態で臨める」と切り替えた 

――SNSを拝見していたら、モーションキャプチャーの撮影をされていましたね。
「そうなんです(笑) 会社の企画で、フォアハンドやサーブなどの技術、走っている動作を撮影しました。それを今から分析していって、近い将来、車いすテニスの初心者の方を含めて、上達の手助けになるようなものを作ろうとしているんです。撮影時のデータは、点がいっぱいあるだけでしたが(笑) これからそれをつないで人間っぽい体にして、運動力学で研究して…となるそうです」







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――昨年は、パンデミックの影響で、国際大会自体もほぼ中止になってしまいました。その中で、どのように過ごしていましたか?
「去年、ちょうど3月中旬に、アメリカ・ジョージア州の大会に出ている時、1回戦に勝利して2回戦を待っているというタイミングで、急に『大会を中止します』と言われて、急遽フライトを変更して日本に帰ってきました。そして帰国したころから、日本でも新型コロナウイルスが広まっていきました。当初、5月には国際大会も再開するという話も出ていましたが、伸びてしまって、8月の中旬くらいまで9月の大会すら開催されるかわかりませんでした。ありがたいことに今はほぼ通常通り練習ができていますが、最初に緊急事態宣言が出た時は、コートでの練習も満足にできなくなってしまいました」

――コート練習ができないというのは致命的ですよね。自宅でできることをしていたのでしょうか?
「その期間は、トレーナーさんと管理栄養士さんとZOOMをつないでミーティングしたり、自宅で簡単にできることをやっていたりしましたね。例えば、目のトレーニングとか一緒にオンラインで筋トレをやったり。それと、試合の映像をしっかり見る時間にしました」

――国際大会の再開は、秋口になってしまいました。
「結局、再開となったのは9月。フランスで2週連続の大会があったので、1週目は 、ITF2シリーズ大会のレ島(フランス西部のビスケー湾に面した島)に行きました。ここでシングルスとダブルス、両方で優勝することができました。2週目、リビエラ(フランス南東部)での大会で、シングルスは初戦敗退でしたが、ダブルスでは決勝まで行けました。そのあと、本当は11月に、チェコとフランスに行く予定でしたが、チェコに行く空港のチェックインカウンターに並んでいたら、フランスから『新型コロナウイルスの影響で大会を中止します』とメールが来まして…。結局、チェコ・プラハの大会だけ出場して、1週間で帰ってきました(笑)」



大会に向かう空港で大会キャンセルの報せが来るという経験も

――そういうこともあるから、集中しにくい1年だったと思います。その中で、フォーカスしていたことはありますか? 
「パンデミック前は、パラリンピックイヤーだったので“格上の選手と当たっても、しっかり力を発揮する”という考えはありました。メンタル的に落とさない、上とか下とかは思わないようにと心がけていました。ただ、パンデミック開けの9月の大会は、試合勘もなくなっていたので、自分のベストや理想を追い求めるよりも、勝つためにやることをしっかりやろうと心がけてプレーしていました。実際、出場していた、どの選手も久しぶりの試合でやりづらそうにしていました。自分も引っ張られておかしくならないようにしたいなと思っていましたね」

――パラリンピックが延期となった時は、ショックはありませんでしたか?
「そう聞かれると、振り返ってみると、正直、あまり強く記憶には残っていないかな。まず3月、4月の時点では、日本の状況も悪くはなかったので、延期というのは、それほど頭にありませんでした。だから、延期を聞いた時は、正直驚きましたね。またその時期、焦りがあったというのか、試合がまったくなくなった中だったので、パラリンピックが開かれた時に、あの舞台で自分のプレーが本当にできるのかなという心配がありました。だから、1年半の時間ができたので、やれることもある。この間にできることが多いと思っていましたね。多分、試合が再開したら、2020年にやれた時より、もうちょっと経験が積めた状態で臨めると思っていたので、割とすぐに切り替えられたと思います」

--{“パワーテニス化”に対応すべく練習中}--
女子車いすテニス界にも
浸透する “パワーテニス化”に
対応するように練習を進める 

――2021年シーズン、パラリンピックまでの時間をどう過ごしていきたいですか? 
「今シーズンも、4月までの大会は延期がかなり多く出てしまっています。出場できる大会がけっこう限られているので、その中で、パラリンピックに向けて試合で緊張しないようにするためにも、強い相手と戦う経験を積みたいと思っています。とにかく、出られる大会はなるべく多めに出ていきたいですね」

――とはいえ、海外遠征となると隔離期間がある国も多いですよね? 
「そうですね。ただ、アスリートは入国後に隔離期間を設けない国もあります。例えば、3月末に遠征に行ったイギリスは、アスリート専用のルールがあって、入国前後一回ずつPCR検査をクリアしたら、行動制限はつきますが隔離期間なく大会に出場できます。ただ、帰国したあとに、自主隔離が2週間ありますけどね」

――PCRの検査結果を持つというのは、大丈夫とは思っていても緊張ですよね。
「陽性が出てしまったら、その遠征が無駄になってしまうので、やはり緊張はします」



パラリンピックもにらんでバックハンドでのスピンを高めているという田中


――技術的な部分について教えてください。今季、高めたいと思っている部分はありますか?
「年末からバックハンドに時間をかけて練習しています。普段、試合ではバックハンド・スライスを武器として使っているのですが、今の主流はスピンに変わってきています。フォアハンドと同じグリップで打てるというメリットもあるので、咄嗟のタイミングで打てればと思って練習しています」

――女子の車いすテニスも、パワー、スピードが上がってきているというわけですね。
「はい。全豪オープンに出ていた選手の内、8人中7人は、バックハンドをほぼスピンで打っています。これまでスライスで組み立てるのが、女子では多かったですが、男子のテンポが早くなってきて、女子も影響を受けて、トップ選手がより攻撃的なテニスになってきていますね」

――全豪といえば、女子車いすテニスシングルス決勝。第3セットで、レフェリーがタイブレークを7ポイントと10ポイントで間違えるというトラブルがありましたね(笑) 
「ありましたね。おそらく、ファイナルで10ポイントのタイブレークは初めてだったんだと思うんですよ。だから、誰も気づかなかった。ディーデ(・デグロート/オランダ)も(上地) 結衣(三井住友銀行)ちゃんも“え、終わってないの?”という顔になっていましたね(笑)」

――脱線しましたが、みんながスピンを打つとなると、逆にスライスが生きるケースもありますよね。
「そうですね。実際に対戦したりしてわかったことですが、全豪オープンにで出ていたマカレナ(・カブリラナ/チリ)とか、特にアンジェリカ(・ベルナール/コロンビア)は、持ち上げないといけないるボールが苦手なので、スライスは有効なショットだと思っています」



笑顔が印象的な田中選手


--{パラリンピック後に実現させたい「夢」}--
パラリンピックが第一
そのあとに実現させる
「車いすテニス」スクール

――まずは、パラリンピックというのが頭にあると思います。そのあと、終わったあとにやってみたいことなどはありますか?
「ブリヂストンでは、障害者も健常者も元気に楽しく生きていく共生社会というのを目指しています。その一環で、10月からブリヂストンで車いすテニスのテニススクールを始めることを計画しています。元々競技生活を終えたら、ジュニア選手を育てたいというのは考えていました。スクールで私の色々な大会に出場して得た経験を、ジュニア選手たちに伝えられたらと思っています。そのスクールでは健常者のクラスも設ける予定です」


田中選手は、これまでに何度も車いすテニスの練習会を企画してきた


――車いすテニスのスクールというは、初かもしれませんね。
「車いすテニスと健常のテニススクールの同時開講は日本で初めてかもしれませんね。私が練習で使用する所沢のコートも小平のコートも近くの保育園のお散歩コースになっています。子供のころから、車いすが身近にある環境を作りたいなと思っています。まずは自分の競技が第一ですが、そういったことにも関わっていきたいです。

まだ現役を続けていくので、日本にいて時間がある時に、みんなとテニスができたらなと思いますし、もし育成クラスの選手が遠征先で一緒になるなら一緒に練習したいし、見てあげたいですね」


――度々、車いすテニスの練習会などもやってらっしゃいましたし、夢の実現という感じですね。ところで、変わらずアイドルは好きですか?
「はい (笑)  NiziU、TWICE、IZ*ONEはずっと見ています。NiziUは、オーディションの時からずっと見ているし、IZ*ONEは期限付きで韓国で活動しているグループで、HKT48の宮脇咲良ちゃん、矢吹奈子ちゃん、AKB48の本田仁美ちゃんが所属しています。今年の春で解散(4月末で解散)となるのでちょっと今アツいですね(笑) 『パノラマ』という曲があるのですが、デビュー曲からの振り付けがちょっとずつ入っていて、それを見て“本当に終わっちゃうんだな”と感傷的になって見ています。NiziUもIZ*ONEもオーディションからできたグループなんです。オーディションで日々ランキングを付けられて、昨日まで下だった子が上に行ったりとか、そういうのを見ていると、競技とアイドルとは別物ですが、ちょっと共感する部分があるというか。しんどいはずなのに、懸命にやっている姿に感化されたりもします。自分らしさを出さなきゃいけないなというのも考えさせられますね」



大好きなアイドルからも元気をもらうという

――なるほど、けっこうテニスにも影響があるのですね。そのほかSNSではゲーム実況したり、激辛食べてみたりと楽しんでいますよね(笑)
「激辛は元々、岩野コーチと木村コーチが得意で、辛い物を見つけると2人で買ってきて食べていたりしたので。私は辛いのは苦手なのですが、毎回一口は試しに食べてます。日本にいる時はキムチも頻繁に食べるようになったし、少し辛いものに強くなってきたような気がします(笑)」

――激辛でも、負けたくないというところでしょうか(笑) 最後に、ファンの方へのメッセージをお願いします。
「本当にいつも応援いただき、ありがとうございます。昨年、パラリンピックが延期になって、いろいろ心配していただいたりもしましたが、おかげさまで元気に練習できています!! パラリンピックに向けて、しっかり準備をしていきたいと思います。今年は、自分の実力と笑顔を咲かせたいなと思っていますので、また引き続き応援をよろしくお願いいたします」



岩野耕筰(写真右)コーチと二人三脚でパラリンピックを狙う


田中愛美選手のコラムも必見![連載 : 車いすテニス<そのおもしろさ、難しさ、奥深さを紹介>]

Profile
田中 愛美 Manami Tanaka
■車いすテニスプレーヤー ■所属:ブリヂストンスポーツアリーナ 
■ITF車いすテニスランキング13位(2021年5月3日付)
■1996年6月10日、熊本県生まれ。中学から硬式テニスを開始。高校1年の冬、事故のため車いす生活に。退院と同時に車いすテニスの練習を始めていく。2016年「車いすテニス世界国別選手権」で日本代表に選出。2020年の東京パラリンピックで出場圏内にいたものの、大会が延期に。改めて、今年の大会に向けて準備を進めている。

[東京パラリンピック出場の条件] ①2018年アジアパラ競技大会優勝者、2019年パラパンアメリカ競技大会優勝者 ②2021年6月7日付(日本時間8日)の車いすテニスシングルス世界ランキングで上位22位以内に入る(男子は同上位40位以内、クアードは上位12位以内) ③対象選手が世界ランキング上位でなく、各国の出場枠に余裕がある場合に推薦枠が適用され、バイパルタイト委員会の招待枠で出場が決まる ④シングルスランキングでは選考枠に入っていなくても、ダブルスランキングが優れている選手を対象にした充当枠で選出する。