マネジメントの極意山口香遠藤功対談(前編)経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの…
マネジメントの極意
山口香×遠藤功対談(前編)
経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。第2回のゲストは、ソウルオリンピック女子柔道で銅メダルを獲得した柔道家で、現在は日本オリンピック委員会(JOC)理事など、多方面で活躍する山口香氏。女性アスリートのパイオニアである山口氏のキャリア形成や発言力に迫った。

写真左が山口香氏、右が遠藤功氏。対談はオンラインで行なわれた。
女子柔道の認知を広めることが役割だった
遠藤功(以下:遠藤) 山口さんは柔道で多大な実績をもつ元アスリートでありながら、どんなときでも本質をずばっとついた発言をされている印象があります。その素養はどうやって身につけてこられたんですか?
山口香(以下:山口) 思いあたる契機は、13歳で全日本選手権に出たあたりですね。
遠藤 そんなに若い頃から?
山口 1978年、初めて開催された女子柔道の大会(全日本選抜柔道女子体重別選手権大会)で最年少で優勝したため、注目されてメディアに取り上げてもらいました。一方で、女子柔道は社会から興味本位で見られることが多く、スポーツとしてきちんと評価されていない時代でした。メディアをとおして「私が女子柔道の魅力を伝えていかなければ」と思っていたので、情報発信の仕方はかなり意識しましたね。
遠藤 女子柔道を普及するスポークスマン的な役割を期待されていた、と。その役割をご自身でも自覚されて、競技をとおしていろいろな方と出会うなかで世界が広がっていったんですね。「社会からどう見られているか」という視点は常に意識していたんですか?
山口 そうですね。たとえば、当時試合の前後でよく聞かれた質問は、「柔道衣の下は何を着ているんですか?」とか「痴漢にあったらどう対処しますか?」とかで。今ならありえないセクハラのような質問ばかりで、試合の意気込みや戦術はほとんど聞かれなかったんですよ。
遠藤 それが当時の世間が女子柔道を見る目だったんですね。
山口 メディアは社会を反映していると思うので、記者の方々と対話をするなかで社会が女子柔道をどう見ているかを知ることができました。さらに、メディアは大きな影響力を持っているので、そこでどう自分たちのスポーツをアピールするかが大事。これまで認知されていなかった女子柔道を社会に受け入れてもらうために、どんなメッセージを伝えればいいかを考えていましたね。
遠藤 山口さんのお話をうかがっていると、新しい事業をおこすベンチャー企業の経営者との共通点を感じます。フロンティアスピリットをお持ちというか、未開の地を歩み続けてこられたんだなと。
山口 圧倒的な男性優位の柔道界において女子柔道の地位を向上させるには、柔道界というよりも社会全体に認知してもらうことが大事だと思っていました。
遠藤 今のお話は日本のビジネスリーダーたちに聞かせたいですね。日本企業のなかには、いい取り組みをしているのに、社会に知られていないケースが少なくありません。ビジネスの世界でも、山口さんのように客観的に自己をとらえて、世の中に広くメッセージを発信していく力が大事ですよね。
目視できることは再現できる
遠藤 山口さんは引退後、全日本柔道連盟女子強化コーチを務めるなど、指導者としても活躍されてきました。現役時代から将来のプランは考えていたんですか?
山口 私が柔道をはじめたときは習い事の1つにすぎなくて、将来柔道で食べていくイメージはまったくありませんでした。「これからの人生で柔道をどう位置づけていくべきか」を初めて考えたのは、大学を選ぶタイミング。それまでトップランナーとして走ってきたけれど、私が引退したあとに女子柔道を体系化して確立するために必要なのはなんだろう、と考えて、女性の指導者が必要だと思ったんです。
遠藤 それで、指導者になるための勉強ができる筑波大学を選んだ?
山口 筑波大学の前身である高等師範学校は柔道創始者の嘉納治五郎(かのうじごろう)が初代校長を務めた、いわば柔道の本流です。そこで私が指導者になるために学ぶことは、次の女性柔道選手の道にもつながっていくはず。その道をつくることが私の役割の1つだと思いました。
遠藤 まだアスリートのセカンドキャリアがさほど注目されていなかったなか、山口さんが道をつくっていったわけですね。引退時は、現役への未練はなかったんですか?
山口 私の柔道での目標は世界チャンピオンになることでした。男子に比べて脆弱だった女子の競技環境を整えていくためには、試合に勝って、女子柔道も価値あるものだということを示す必要がありました。世界チャンピオンになれば社会の注目を浴びて、柔道界も黙っていられなくなるだろうと考えたんです。誰か1人でも天井を突きやぶれば、次に続く人が出てくるはず。陸上男子100mで桐生(祥秀)選手が日本人で初めて9秒台を記録したら、一気にサニブラウン選手、小池(祐貴)選手と続いたように、目視できることは再現性があると言いますよね。だから、1984年、世界選手権でチャンピオンになって目標を成し遂げたあとは、もう役割を果たしたかなという気持ちがありました。
とはいえ、オリンピックに出るチャンスがあれば出ておくことも大事だなと思って。(1988年の)ソウルオリンピックまでは頑張ろうと思い、続けました。
遠藤 そして、銅メダル獲得という結果を出して引退された、と。山口さんの場合、目の前に次々と新しい壁が出てきて、それを1つずつ乗り越えながらキャリアを形成してきたんですね。
スポーツで培ったものをビジネスに置き換える
遠藤 アスリートのなかには現役の時は結果を出せても、その後のキャリアでうまくいかないケースも多いですよね。山口さんのようにステージを変えながら次々と高い壁を越えていくのは簡単なことではないと思いますが、普段、若いアスリートにはどのようなアドバイスをしていますか?
山口 スポーツが好きで実績があるとしても、引退後もそれを生業にしてやっていける人はほんのわずかです。スポーツの場合は選手としてどんなに頑張っていても、いつか必ず終わりがくる。だから、選手は終わりがあるということを常に意識しておく必要があるし、辞めたあとに自分がどうやって生きていくかを考えておかなければいけません。
遠藤 スポーツの経験をビジネスに生かすにはどうすればいいと思いますか?
山口 スポーツに直接関わる仕事ができればラッキー、関わることはないとしても、スポーツをとおして得た経験や知見はどんな職業を選んだとしても生きてくると思います。そのことを証明するのがスポーツの意義や価値を高めることにつながる。そんな意識をトップアスリートには持っていただきたいです。
遠藤 スポーツの世界で培われた経験やマインド、スキルがあれば、ほかの世界でも活躍できるわけですね。
山口 自分の専門競技で解説ができるのは当たり前のこと。大事なのは、培ってきた経験や知識をビジネスや社会の何かに置き換えてどう応用して、どんな発信や行動をするかだと思います。それができなければ、スポーツの社会への影響力がまったくないことになってしまう。
遠藤 昨今、柔道の朝比奈沙羅選手やラグビーの福岡堅樹選手が医学部に進学するなど、それまで培ってきた経験を生かしながら自分のキャリアデザインを描いて世界を広げていくトップアスリートも出てきています。すごくいい流れに見えますが、山口さんはそうしたアスリートを見てどう思いますか?
山口 私が現役だった時代に欧米では当たり前だったことが、ようやく日本でも一般的になってきたのかなと思いますね。ロールモデルがあれば次に続く人が出てきます。一度は競技を選んだとしても、その後自分のキャリアを考えて大学や大学院に行くような動きが、日本でも加速していくことを期待したいですね。
黙っていたら何も伝わらない。だから議論は必要
遠藤 山口さんはJOC理事を務めていますが、常にブレずに、ご自身の意見を発信している印象があります。メッセージを発信するときにどんなことを意識していますか?
山口 柔道界って男性ばかりで。ジェンダーの問題がいろいろ指摘されますが、ずっと女性として組織でやってきたなかで感じるのは、男性に悪気はないんだなということ。悪気はないけれど、女性がどう考えるかをなかなか想像できない。それは女性の私が男性の考え方を感覚としてわからないのと同じだと思います。
でも、男性が「悪気はないんだから許して」と言うのは違うし、女性側が黙っているのも違う。なので、私は選手の頃から違和感を感じることに対しては、まずは自分が「私はこう思いますけど、どうですか?」と伝えるようにしてきました。すると、「そういう考え方もあるんだ」と聞いてくれて、流れが変わることもある。
遠藤 男性社会の間口の狭さというか、想像力が欠如しているのかもしれないですね。すごく狭い世界で議論をしていることがおかしいと気がつかない。
山口 私の意見が正しいとは思っていませんが、全員が1つの方向だけを見て議論をするのは危うい。ですから私の場合は「こんなことも検討してみたらどうですか?」と議論の材料を提供するような感覚で発言しています。
遠藤 議論の質が良ければ、意思決定の質は間違いなく高まります。しかし、日本人は議論をすることに慣れていません。そもそも訓練をされていないし、何か発言すると「面倒なやつ」と思われてしまうこともあります。
山口 まさにそうですね。手を挙げていると「またお前か」と言われたり、見なかったことにされたり(笑)。でも、言わなければ何もはじまらないんです。スポーツをするのと一緒で、議論をするのはエネルギーを使います。やらないで勝ち負けを決めるのが一番簡単。でも、スポーツがそうであるように、議論する課題はじゃんけんで決めればいいものではないですよね。
議論のなかでお互いが学んだり、気づかされたりする。全員一致で「異議なし」で進んでしまったら、個人も組織も成長するわけがないんです。
(後編につづく)
【Profile】
山口香(やまぐち・かおり)
柔道家、筑波大学体育系教授。1964年東京都生まれ。小学校1年生から柔道をはじめる。13歳の時に出場した「第1回全日本選抜柔道女子体重別選手権大会」で最年少ながら優勝(50kg級)。以後、同大会で10連覇を果たす。1984年世界選手権優勝。1988年ソウルオリンピック(公開競技)では銅メダルを獲得した。1989年の現役引退と同年に、筑波大学体育学修士課程終了。現在は教授として教鞭をとる傍ら、日本オリンピック委員会(JOC)理事、コナミ取締役、日本学術会議会員など、多方面で活躍している。漫画『YAWARA!』(小学館)の主人公・猪熊柔のモデルとしても有名。
遠藤功(えんどう・いさお)
株式会社シナ・コーポレーション代表取締役。1956年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)取得後、三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を歴任。現在は、独立系コンサルタントとして、株式会社良品計画、SOMPOホールディングス株式会社、株式会社ネクステージ、株式会社ドリーム・アーツ、株式会社マザーハウスで社外取締役を務める。著書に『生きている会社、死んでいる会社』『新幹線お掃除の天使たち』『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』など。