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@森繁和インタビュー 後編
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今季開幕時点のNPBには85人の外国人選手が在籍するなか、13人が育成登録だ。年俸240万~1000万円程度で日本に連れてきて、"助っ人"に育てようという流れは年々強まっている。
出世株はソフトバンクの最強左腕、リバン・モイネロだ。2017年にキューバから育成選手として来日すると、過去2年続けて防御率1点台を記録。今季の年俸は1億8000万円(推定、以下同)に到達した。

育成枠から中日の守護神へと上り詰めたライデル・マルティネス(写真左)と森繁和氏
広島のヘロニモ・フランスア(4100万円)、巨人のC.C.メルセデス(4000万円)という両左腕も育成から戦力になった。こうした成功例を見てか、現在、DeNAは5人、ロッテは3人の外国人選手を育成枠で抱えている。巨人はドミニカ共和国でトライアウトを行ない、ホセ・デラクルーズ、フリアン・ティマという2人の16歳の野手を獲得するという野心的な挑戦を始めた。
「バッター目線で阿部(慎之助/二軍監督)が獲ったみたいだね。伸びる可能性はあると思うよ」
2004年から中日でヘッドコーチや監督などを務め、渉外担当も兼任した森繁和氏はそう語る。
外国人選手を育成で連れてきて、日本で育てるという方法を先駆けて導入したのが同氏だった。毎年オフになるとドミニカ共和国に渡り、年俸3000万円程度の"掘り出し物"を中南米で探すうち、育成枠で獲得するという方法に至ったという。
「ドミニカから年俸500万とか1000万で連れてきて、ファームで試合にどんどん出させているうちによくなる選手がいっぱいいた。日本の高校生でも、ちょっとした選手に契約金を3000万も出すだろ? だったらドミニカの選手を育成枠で連れてきて、日本で育てたほうが総合的に安くなる可能性があるんじゃないかという考えになったんだよ」
2017年に育成枠でキューバから中日に加入し、守護神に成り上がったのが最速161キロ右腕のライデル・マルティネスだ。シンデレラストーリーの裏には、森氏の築いたパイプと慧眼がある。
「たまたまドミニカに行った時、パン・アメリカン(競技大会)という若い選手が出場している大会をテレビでやっていたのよ。そこでキューバ代表として投げていたのがマルティネス。当時は18歳か19歳で、152~153キロを投げていた」
2015年の同大会でキューバは銅メダルに輝いた。アメリカと国交のないキューバでは有力選手が次々とメジャーリーグに亡命するなか、前年からフレデリク・セペダ(元・巨人)、ユリエスキ・グリエル(元・DeNA/現・アストロズ)、アルフレド・デスパイネ(元・ロッテ/現・ソフトバンク)というトップクラスを日本に派遣し始めた。高い実力の割にリーズナブルに獲得できる選手を求めてNPBの球団がキューバとパイプを築こうとするなか、森氏は違った動きを見せた。すでに成熟した選手ではなく、これから伸びていく若手に食指を伸ばしたのだ。
「なんでライデル・マルティネスを知っているんだ?」
森氏の要望に驚いたキューバ野球連盟は「若くて経験がない選手じゃなくて、こういう選手はどうだ?」と、逆に提案してきた。リストに挙げられたのはもっと年齢が上で、実績のある選手たちだった。
2010年代中盤から後半にかけて、キューバ球界は時代の変わり目に立っていた。2009年から8年に渡ってアメリカの大統領を務めたバラク・オバマはキューバに対して融和政策をとり、選手をメジャーリーグに派遣する道が両国で模索された。キューバから合法的にMLB入りするルートができれば、すなわち主力選手の亡命を抑えられる。つまり、選手を海外へ高く売り込むチャンスだ。
しかし、2016年11月にキューバ革命を実現したフィデル・カストロが逝去すると、翌年1月、アメリカ大統領にドナルド・トランプが就任する。「アメリカ・ファースト」を打ち出し、キューバから合法的にMLBへ選手を送り込む道は途絶えた。
1991年にソ連が崩壊して以降、後ろ盾を失ったキューバは苦しい経済状況に置かれ続けた。筆者は2015年春に訪れたが、トップリーグのグラウンドさえ整備が行き届かずにでこぼこだった。ホテルでハンバーガーを頼んだら、食パンにはさまれて出てきたほど、生活物資は不足していた。
「ボールがなくて開幕できない。ニューボールを送ってくれないか」
ついに国技の野球リーグを始められないほど追い込まれ、キューバは日本にSOSを発信した。中日やソフトバンクなど同国とゆかりある球団がすぐに援助し、無事に開幕を迎えることができた。そのお礼として「連れていってくれ」と言われたのが2017年、中日の育成選手として年俸1000万円でやって来たライデル・マルティネスだった。森氏が振り返る。
「協会に年俸の何割を支払わないといけないとか、ほかにも選手を連れて行くといった条件があった。『日本の球団は投手や内野手、外野手ばかりで、キャッチャーを求めるところはなかった』というところに、ちょうどオレがあるキャッチャーの名前を出したのよ」
谷繁元信が2015年限りで現役引退して以降、中日はレギュラー捕手を決められずにいた。自チームにいないなら、外国から獲得すればいい。メジャーリーグに目を向ければ、中南米出身の名捕手が数多くいる。日本でも1960年頃までさかのぼれば、外国人捕手は決して珍しくなかった。
「バッティングがよくて、肩が強いキャッチャーがキューバにいるなら、日本に連れてきて使ってもいい。オレもピッチャーだったからわかるけど、キャッチャーが言葉を話せなくてもなんとかなる。それでアリエル・マルティネスを連れてくることになったんだ」
ライデルが来日した翌年の2018年、アリエルも育成契約で日本にやってきた。ライデルが同年支配下登録され、翌シーズンからクローザーになった一方、アリエルは二軍で実戦機会を重ねる。森氏が描いたプランだった。
「キャッチャーで使えない時にはファーストやDHでもいいから、まずは打席に立たせてくれと言った。当時の中日は、今みたいに決まっているキャッチャーがいなかったし、誰かがケガをした時、育成から上げればと。それがうまく活躍してくれてよかったよ」
アリエルは2020年7月1日に支配下登録され、2日後、ソイロ・アルモンテの故障に伴い一軍昇格する。すると代打で出場し、7月4日の巨人戦で日本球界では20年ぶりの外国人捕手として出場した。39試合で打率.295と持ち味の打力を発揮し、代打やファーストでも起用された。
「ファームで2、3年使っていれば、言葉だって覚える。日本人のキャッチャーが8番を打つよりはるかにホームランは多いし、打点を稼げるなら、多少守りに目をつぶってもいいと思う。セ・リーグなんて8番のキャッチャーが打てなかったら、9番までに2アウトをとられたようなものじゃない? だったら打てるキャッチャーを獲ってきて、5、6番に置いてもいい。オレの監督としての任期はそれをやる前に終わっちゃったけど、そうやって使えることがあるとわかっただけでもよかったと思うよ」
日本にチャンスを求めて異国から来る育成選手たちには、それぞれのストーリーがある。
ソフトバンクが新たに獲得した右腕投手のアンディ・ロドリゲスは、2019年のプレミア12にキューバ代表として出場した有望株だ。楽天で2年目を迎える左腕投手の王彦程(ワン・イェンチェン)は、2019年のU18W杯でチャイニーズタイペイ代表として日本代表を封じ込めている。中日が獲得したルーク・ワカマツは2009年からマリナーズを2年間率いたドン・ワカマツの息子で、直々の推薦を受けて入団に至った。カープアカデミー出身のロベルト・コルニエルは今季開幕直前に6年契約を結ぶと、一軍で剛腕ぶりを発揮している。
育成選手として来日した13選手はまだ無名だが、いずれも秘めた力を見込まれた者たちだ。遠くない将来、ライデル・マルティネスやモイネロのようにチームに不可欠な"助っ人"になっているかもしれない。
(おわり)