選抜高校野球大会で28日、春夏通じて甲子園初出場の浦和実(埼玉)は智弁和歌山と準決勝を戦い、0―5で敗れた。センバツで16年ぶりの「初出場校の決勝進出」はならなかったが、ほとんどの選手が埼玉出身の私立校が4強に駆け上がって注目された…

選抜高校野球大会で28日、春夏通じて甲子園初出場の浦和実(埼玉)は智弁和歌山と準決勝を戦い、0―5で敗れた。センバツで16年ぶりの「初出場校の決勝進出」はならなかったが、ほとんどの選手が埼玉出身の私立校が4強に駆け上がって注目された。
「環境を言い訳にしない」
浦和実の練習グラウンドは学校から自転車で30分ほどの距離にあり、形が長方形のため試合はできない。
練習グラウンドの周りは住宅街で選手たちはフリー打撃も満足にできず、ネットに囲まれた「鳥かご」の中で打つ。野球部の寮もないという。
埼玉には甲子園で優勝経験のある浦和学院や花咲徳栄ら強豪がそろい、設備が整う私立校も多く、浦和実の存在は異色かもしれない。しかし、1988年から35年以上指導を続ける辻川正彦監督は「環境を言い訳にしない」と言い切り、中身の濃い練習を続けようと工夫してきた。
根底にあったのは、挑戦する心と反骨精神だった。浦和学院や花咲徳栄ら高いハードルがあるが、辻川監督は「いつか壁を越えてやる」という思いを抱き続け、選手たちと共有してきた。
野球部OBの新野浩典さん(51)は「当時は河川敷のグラウンドで、学校から監督の運転するバスで1時間かかった。日没が早い冬は練習時間も短い。そんな環境で何ができるか考え、浦和学院などを『食ってやろう』と思っていた」と振り返る。
同じく野球部OBの鶴見一成さん(31)も「他の私学に負けたくないと思っていた。浦実のみんなの夢を、監督と後輩たちがかなえてくれた」と感慨深げだった。
エース左腕の石戸颯汰投手(3年)の好投が原動力となり、ようやくたどり着いたセンバツで高校野球ファンに強烈な印象を残した。
辻川監督は「甲子園には一回行けたらと思っていましたが、今大会を経て、また来たくなりました。まだ力がなく、チャレンジャーです。自分には反骨心しかありません」。悔しさをかみしめながら、新たな決意を示した。【黒詰拓也】