2015年センバツで敦賀気比(福井)は、北陸勢として春夏通じて初めての優勝を果たした。指揮を執った東哲平監督(44)は…

明治神宮大会で指揮を執る敦賀気比の東哲平監督=神宮球場で2024年11月23日、玉城達郎撮影

 2015年センバツで敦賀気比(福井)は、北陸勢として春夏通じて初めての優勝を果たした。指揮を執った東哲平監督(44)は、その後もチーム強化を続け、今大会の出場校中最長となる5年連続の「春」を迎える。雪深い北陸にあり、特別恵まれた設備もない中で強くあり続ける秘訣(ひけつ)は何なのか。チームを率いた14年間で築き上げたものや、変わらず大切にしていることなどを聞いた。【聞き手・高橋隆輔】

北陸の厳しい練習環境

 ――15年の優勝は、北陸勢としても初めての優勝でした。

 ◆100年誰もできなかったことですから、就任時から意識はありました。同時に、「今それができるとしたらうちしかないだろう」という思いもありました。

 ――雪深い北陸の学校にとって、春は夏以上に条件が厳しいのではないですか。

 ◆もちろんです。冬の間、ほとんどグラウンドでの練習はできません。3月に入って、ようやく実戦練習ができても(センバツ開幕までの)10日やそこらで感覚は戻らない。15年に優勝できた最大の要因は(奈良大付に3―0で)1回戦を勝ったことです。強豪の多いゾーンだったし、1試合ごとに強くなっていきました。エースだった平沼(翔太選手・現西武)は、甲子園入りしても調子は上がらず心配しましたが、大会に入って良くなっていきました。

 ――これまで14年指導してきた中で、優勝したチームはやはり一番強かったですか。

 ◆そんなこともないですよ。あの代は守備は堅かったけど、打力でいえば、その前の年の方が上でした。昨年もセンバツは1回戦負けでしたが、練習試合では24年夏に優勝する京都国際に勝ったこともありました。優勝できるかどうかは紙一重だと感じます。

優勝には「ラッキーボーイも必要」

 ――優勝に必要な条件は何でしょうか。

 ◆核になる選手が1人、2人はいること。そして運の要素も強い。選手個々の質が決して高くはない、うちのようなチームが勝つ場合には、(15年センバツ準決勝で春夏の甲子園史上初の2打席連続満塁本塁打を放った)松本(哲幣外野手)のようなラッキーボーイも必要だと思います。

 ――優勝したことで、集まる選手のレベルは変わりましたか。

 ◆変わらないです。確かに、入部を希望する選手は増えましたが、「気比に行けば甲子園に出られる」とか、軽い考えは先に否定しておきます。「甲子園では楽しそうに見えるかもしれないけど、練習では毎日泣いてるよ。甘いことは絶対ないよ」と。それでもうちでやりたい、という覚悟が、入部の条件。それだけは変えようがありません。

 うちは授業料免除などの特別待遇もないし、冬はグラウンドでほとんど練習もできないなど、条件は良くない。吉田正尚(米レッドソックス)や西川龍馬、山崎颯一郎(ともにオリックス)などは入ってきたときから、「これはプロに行くな」と思いましたが、そんな選手はまれ。入ってきたときのレベルは他校と変わらないので、福井県の1年生大会では、優勝できたりできなかったりです。集まってきた選手をたたき上げて勝つことを考える。優勝してもそれは同じです。

選手の目標に変化は

 ――プロ入りする選手も毎年のように出ますが、選手の目標は変化していますか。

 ◆むしろ、最近は「プロ野球選手になりたい」という選手が少なくなりました。10年以上前なら、ほとんどの選手が「野球でメシを食いたい」と思っていましたが、今そういう選手は半分もいない。ただ、これはうちだけではなく、他校でも同じだと思います。現実を見ているというか、冷めている部分はありますね。

 ――近年変化が大きいという点では、トレーニングのあり方もそうですね。

 ◆うちは器具も少ないし、あまり力を入れてはいません。動いて、食べてで大きくなるのはいいですが、柔軟性を含めて自分の体を扱いこなせることを、筋力より大切に考えています。それでも、筋トレで結果を出す選手もいるのは確か。自分のいいと思うことをやるのが一番だと思うので、選手がやる分には止めはしません。すべては自己責任の中でやるのが基本です。

 ――東監督が選手だった30年近く前とは、時代も、選手の気質も、技術論も、たくさんの変化があります。その中で、変わらず監督というリーダーに求められるものは何ですか。

 ◆やっぱり勝ち続けることではないでしょうか。口で立派なことを言うのは簡単ですが、結局試合で勝たなければ意味がない。特に、教員でもない私は、勝つために雇われているので、甲子園に行けないのなら必要ないと思います。

「いい伝統できている」

 ――5年連続のセンバツですが、強くい続けられている要因は。

 ◆調子の波をできるだけ少なくしたい、と練習から考えています。人間だから、「今日は練習面倒だな」という気持ちの日もあります。でも、その日が試合だったら、トーナメントは終わり。気持ちが入らず、ノックもポロポロ、みたいな選手は必ず引き締めます。今では、この考え方が選手にも浸透してきて、今年でいえば主将の岡部(飛雄馬選手)などは、こちらが言わなくても、すきをつくらないように選手同士で声かけをしていますね。いい伝統ができていると思います。

 ――優勝を経験して、甲子園で見える景色は変わりましたか。

 ◆変わりません。今でも甲子園に行くと緊張するし、負けて帰るときには「もう二度と戻れないかもしれない」という気持ちになる。何度行こうが、優勝しようが、「勝てなきゃ行けない場所」ですからね。

あずま・てっぺい

 1980年生まれ。京都府宇治市出身。敦賀気比では、元広島の東出輝裕さんらと3度甲子園に出場し、97年夏は8強進出。2008年に母校のコーチとなり、11年から現職。監督として甲子園春夏15回出場。吉田正尚(米レッドソックス)、西川龍馬(オリックス)ら、多数の教え子がプロ野球界で活躍している。