18日に開幕する第97回選抜高校野球大会に出場する花巻東(岩手)の森下祐帆(ゆうほ)遊撃手(2年)は、岩手県大船…

練習試合で笑みを浮かべる花巻東の森下祐帆選手=奈良県五條市で2025年3月8日、加古信志撮影

 18日に開幕する第97回選抜高校野球大会に出場する花巻東(岩手)の森下祐帆(ゆうほ)遊撃手(2年)は、岩手県大船渡市で発生した大規模な山林火災で祖父母宅が全焼し、隣接する実家も外壁の一部にゆがみが生じるなどの被害が出た。「今できることは野球に打ち込むことだけ。大船渡の皆さんに自分の活躍を届けたい」。故郷への思いを胸に初戦を見据えている。

祖父母宅は全焼、自宅は煙に包まれ

 山林火災が発生したのは2月26日午後だった。父の航生(こうき)さん(48)が市内中心部の職場から午後2時半ごろに駆けつけると、自宅周辺は煙に包まれている状況だった。「部屋に飾ってあった写真などを持ち出すのが精いっぱい。5分ほどで離れざるを得なかった」という。

 翌朝、避難先のテレビで見たニュースの空撮映像では森下選手の祖父母宅は焼け落ちていた。道路をはさんで航生さんら両親が住む実家は残っていたが敷地内のカーポートが焼失していた。航生さんは「かなり高温だったはずで、家の内部も焼損した可能性がある」と一時は覚悟した。

 しかし、鎮圧後の10日午前10時に避難指示が全面解除されたことを受け、約30分後に自宅に戻ると、二重サッシの窓ガラスの外側は割れていたが内側に被害は無かった。室内は無事で燃えたような臭いも感じなかった。

 航生さんは水産加工業の森下水産の社長で、森下選手の祖父の幹生(みきお)さん(75)は会長。同社は2011年の東日本大震災の津波で本社工場と第2工場、保管冷蔵庫が全壊した。甚大な被害を受けたが、14年かけて復興に取り組んできた。津波の被害に遭わなかった幹生さん宅と航生さん宅が今回、火災に巻き込まれた。

 航生さんは今は市内のアパートを借りて幹生さんらと仮住まいしている。航生さん宅で無事だったソファや冷蔵庫などの家具を運び込んだ。従業員の中にも被災した人や、親戚らの避難を受け入れている人がいる。「本当に悔しい思いもあり、残念な気持ちもあるが、早く落ち着いた生活を再開させたい」と願う。

「避難所でもテレビは見られる」

 森下選手は実家を離れ、学校隣の野球部寮で暮らしている。航生さんは発生翌日の27日に被害状況を電話で伝え、28日には約80キロ離れた学校を車で訪ねた。森下選手は3歳上の兄、真凪人(まなと)さんと電話で「お互い野球に集中しよう」と励まし合ったことを航生さんに伝えた。真凪人さんは花巻東野球部OBで、今は同志社大の準硬式野球部に所属している。

 森下選手は「避難所でもテレビは見られるよね? じゃあ、自分は野球を頑張る」と話していたといい、野球部父母会長でもある航生さんは「変なプレッシャーを感じていなくて、いい表情だ」と頼もしく感じた。

昨夏も甲子園に出場

 森下選手は昨夏も7番打者の遊撃手として甲子園に出場したが3打数無安打で、チームも初戦敗退した。花巻東は7日の組み合わせ抽選の結果、18日の1回戦で米子松蔭(鳥取)との対戦が決まった。森下選手は「昨夏は何もできなかった。終わってみて全国で1勝する難しさを感じた。打撃、守備、走塁どの面でもチームに貢献したい」と雪辱を誓う。

 当時3歳だった森下選手に津波の記憶は無い。だが、山林火災を機に14回目の3・11に思いを巡らせる。「今回も消防士の方が活動し、避難所の運営に携わる人もいる。ふるさとの皆さんへの感謝を忘れず、優勝という結果で恩返ししたい」【早川健人】