3年ぶりにセンバツの舞台に戻る東洋大姫路(兵庫)。1977年に夏の甲子園を制し、その後も春夏通じて4強入りする強…

【東洋大姫路-横浜】東洋大姫路の岡田龍生監督=神宮球場で2024年11月23日、玉城達郎撮影

 3年ぶりにセンバツの舞台に戻る東洋大姫路(兵庫)。1977年に夏の甲子園を制し、その後も春夏通じて4強入りする強豪だったが、2011年夏以降、勝利から遠のいた。

 「古豪と呼ばれたくない。かつてのような強豪に」。低迷からの脱却を託され、22年4月から母校の指揮を執るのが岡田龍生監督(63)だ。19年夏に履正社(大阪)を率いて全国制覇、同校を春夏合わせて13回甲子園に導いた名将として知られる。

 「3年で結果を出すのは厳しい」。着任当初、履正社の選手たちとのレベルの差に驚いたという。体重や筋肉量などの身体面、スイングスピードなどの運動能力面、いずれの数値も劣っていた。

 自身の発案で、着任を前に室内練習場を新設。寮生のため管理栄養士による夕食を提供するなどサポートを充実させ、体力作りに取り組んだ。翌春に監督を慕い入学した主戦・阪下漣投手(2年)らが中心になり、24年秋の兵庫県大会、近畿地区大会ともに17年ぶりに優勝。明治神宮大会ではベスト4の成績を残した。

 岡田監督が高校1年の夏、チームは全国初制覇。応援席で声をからしていた。79年のセンバツでは主将としてチームを4強に導いた。

 「このユニホームで甲子園に戻りたかった。選手たちにまず感謝。そして、ともに日本一を目指したい」【関谷徳】